偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾

文字の大きさ
9 / 39

第9話 王命という名の刃

しおりを挟む
第9話 王命という名の刃

王命は、静かに下された。

華やかな式も、厳かな宣言もない。
ただ、公式文書として、淡々と回覧された。

――王太子オレンの謹慎は、暫定措置である。
――追って、正式な処罰を下す。
――それまで、いかなる公務・私的行動も禁ずる。

署名は、ロネ国王。

少なくとも、書面上は。


---

王太子の謹慎邸。

「父上、これは、どういうことですか?」

オレンは、使者に食ってかかった。
声は荒く、苛立ちを隠そうともしない。

「近頃の貴様の行動、目に余るものがある……」

使者は、決められた文言を、感情を交えずに読み上げる。

「しかし!
 今まで何も……むしろ、認めてくださっていたはずだ!」

それは、彼にとって当然の主張だった。
婚約を破棄しても、
金を引き出しても、
父は黙認してきた。

「今の私は、そのときの私ではない」

淡々と告げられた一文が、
オレンの理解を拒んだ。

「……はあ?
 納得できません!」

「貴様が納得する必要などない」

使者の声は、冷たく響く。

「謹慎で済ませているうちに、改心することだ。
 王命である。
 速やかに謹慎に入れ!」

それ以上の説明は、なかった。

扉が閉じられる。

オレンは、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

(……父上が、変わった?)

いや、違う。

(誰かが、父上の名を使っている)

その考えに至った瞬間、
彼の中で、恐怖が芽生えた。


---

一方、王宮。

ライアーは、報告を受け、静かに頷いた。

「反応は?」

「混乱していますが、
 抗議はありません」

リシュリューが答える。

「王太子の行動に、
 同情が集まる要素がない」

「当然ですわね」

ライアーは、机の上の書類に視線を落とす。

そこには、過去の婚約者たちの家名と、
王家への支出額が並んでいた。

「……これは」

「調査結果です」

リシュリューは、低く言う。

「王太子は、婚約を利用して、
 相手の家から金を搾り取っていました」

「しかも、繰り返し」

「ええ。
 国王は、それを黙認していた」

ライアーは、指先を握りしめた。

(こんないい加減で、
 適当で、
 やりたい放題なのに……)

(仕事だけは、
 サボりたいわけですか)

怒りは、あった。
だが、それ以上に――
呆れが勝った。

「この件は……」

リシュリューは、慎重に言葉を選ぶ。

「本来なら、即時廃嫡も視野に入ります」

「ですが」

ライアーは、顔を上げる。

「今は、まだ、です」

「理由は?」

「王太子を切れば、
 次は国王に目が向く」

リシュリューは、わずかに目を細めた。

「……その通りです」

「まずは、
 “王命が通る”ことを、
 国中に示す必要があります」

それは、権力の誇示ではない。
秩序の回復だ。


---

その夜。

ライアーは、自室に籠もっていた。

灯りを落とし、
一人、椅子に座る。

「王太子妃に向いていない……ですか」

小さく、呟く。

「ええ。
 その通りですわ」

彼女は、苦笑した。

(あんた好みの王太子妃なんて、
 絶対に無理)

(家名がなければ、
 誰が、あんたなんかと婚約しますか)

声に出さず、
心の中で吐き出す。

その時――。

コンコン、と扉がノックされた。

「なにか?」

声だけが、返ってくる。

「公爵殿が、謁見に参られております」

「……うむ。
 しばしまて」

ライアーは、立ち上がる。

くるりと振り返った、その瞬間。

そこに立っていたのは――
ロネ国王の姿だった。

「待たせたのう」

尊大な態度。
玉座に座る時と、何一つ変わらない仕草。

ライアーは、瞬時に理解した。

(……なるほど)

(“王”とは、
 こう振る舞えばいい)

彼女は、静かに背筋を伸ばした。

この瞬間から――
“偽王”は、
完全に“王”として振る舞う。

それが、
この国を守るために必要な、
最初の嘘だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません

天宮有
恋愛
 公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。    第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。  その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。  追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。  ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。  私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

有能婚約者を捨てた王子は、幼馴染との真実の愛に目覚めたらしい

マルローネ
恋愛
サンマルト王国の王子殿下のフリックは公爵令嬢のエリザに婚約破棄を言い渡した。 理由は幼馴染との「真実の愛」に目覚めたからだ。 エリザの言い分は一切聞いてもらえず、彼に誠心誠意尽くしてきた彼女は悲しんでしまう。 フリックは幼馴染のシャーリーと婚約をすることになるが、彼は今まで、どれだけエリザにサポートしてもらっていたのかを思い知ることになってしまう。一人でなんでもこなせる自信を持っていたが、地の底に落ちてしまうのだった。 一方、エリザはフリックを完璧にサポートし、その態度に感銘を受けていた第一王子殿下に求婚されることになり……。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?

しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。 王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!! ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。 この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。 孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。 なんちゃって異世界のお話です。 時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。 HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24) 数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。 *国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。

処理中です...