偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾

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第13話 偽りの統治、真の改革

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第13話 偽りの統治、真の改革

王と王太子、
二つの座が空いた王国は、奇妙な静けさに包まれていた。

暴動は起きない。
反乱も起きない。
王都は、むしろ――よく回っている。

それが、何よりの証明だった。


---

「……報告は以上です」

リシュリュー公爵が書類を閉じる。

「徴税率の引き下げによる混乱は、想定以下。
 市場は活性化し、
 商人たちは流通量の増加を報告しています」

「税率二割でも、
 国は回る」

ライアーは、静かに言った。

「むしろ、
 以前より健全です」

「当然です」

リシュリューは即答した。

「八割もの税率は、
 国家運営ではなく、
 国家破壊です」

その言葉に、ライアーは小さく息を吐いた。

「……それでも、
 今まで通っていたのですものね」

「“王命”という名で」

彼は、淡々と続ける。

「だからこそ、
 今は“王命”の意味を、
 変える必要があります」

「意味を?」

「恐怖ではなく、
 秩序の言葉に」

ライアーは、ゆっくりと頷いた。


---

その日、新たな王命が出された。

――窓税、暖炉税、ヒゲ税、独身税、トランプ税。
――すべて、正式に廃止。
――基本税のみを残し、税率二割に統一。

公示は、簡潔だった。

だが、その内容は、
国の形を変えるに十分だった。


---

王都・市場。

「……本当に、税が減ったのか?」
「帳簿を見た。間違いない」
「じゃあ、今までのは……」

誰かが、言葉を飲み込む。

答えは、皆、分かっている。


---

「国王陛下は、
 名君になられたらしい」

そんな噂が、
いつの間にか流れ始めていた。

それを聞いたライアーは、
執務室で、思わず苦笑する。

「名君、ですか」

「民は、比較で評価します」

リシュリューは、落ち着いて答える。

「昨日より今日がましなら、
 それで“名君”です」

「……随分と、
 基準が低いですわね」

「それほどまでに、
 前任がひどかった」

皮肉でも、誇張でもなかった。


---

その夜、ライアーは、
王家の古い記録に目を通していた。

過去の法令。
税制の変遷。
そして――
不自然に空白の多い、
王家支出の記録。

「……使途不明金」

ページをめくるごとに、
同じ言葉が現れる。

「遊興費」
「接待費」
「王家裁量」

どれも、
具体的な中身は書かれていない。

(ここまで、
 好き放題しておいて……)

ライアーは、
思わず額に手を当てた。

「仕事をサボりたいわけ、ですか」

ぽつりと、呟く。

「何なら……」

声が、低くなる。

「なにもしない方が、
 国のためには、
 ダメージが少なかったかもしれませんわね」

それは、怒りではなかった。

事実だった。


---

翌日。

リシュリューは、
ある提案を持ってきた。

「次は、
 “責任の所在”を明確にします」

「責任……」

「はい」

彼は、一枚の文書を差し出す。

「これまでの愚行について、
 陛下――いえ、
 “国王”が責任を取る形にする」

ライアーは、
その言葉の意味を、すぐに理解した。

「……退位、ですね」

「ええ」

リシュリューは、静かに頷く。

「“愚行を恥じて退位する国王”
 それは、
 民にとって、
 最も分かりやすい結末です」

「そして……」

ライアーは、視線を落とす。

「私は、
 そのまま消える」

「その通りです」

「王位は?」

「空席で構いません」

彼は、断言した。

「今は、
 宰相主導の合議制で、
 十分に回っています」

「……皮肉ですわね」

「はい」

リシュリューは、
ほんの少し、笑った。

「王がいない方が、
 うまくいく国など、
 本来、あってはならない」

「ですが……」

ライアーは、静かに言う。

「現実には、
 存在してしまった」

二人は、しばらく沈黙した。


---

夜。

ライアーは、
王都の灯りを見下ろしていた。

「王太子妃には、
 向いていませんでしたけれど……」

誰に聞かせるでもなく、
小さく呟く。

「国王には、
 向いていたみたいですわ」

唇に、微かな笑みが浮かぶ。

「……誰も、
 偽国王だなんて、
 気づきませんでしたもの」

それは、
誇りではない。

役目を果たした者の、
 静かな実感だった。

退位の日は、
もう、
遠くない。
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