偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾

文字の大きさ
14 / 39

第14話 退位という物語

しおりを挟む
第14話 退位という物語

退位は、静かに準備された。

それは、劇的である必要がなかった。
叫びも、糾弾も、断罪もいらない。
必要なのは――納得だけ。


---

「文言は、これでよろしいでしょうか」

リシュリューが差し出した草案を、
ライアーはゆっくりと読み進めた。

――これまでの統治における数々の愚行を恥じ、
――国と民にこれ以上の負担を強いぬよう、
――国王ロネは、自ら王位を退く。

簡潔で、感情を煽らない文章だった。

「……“謝罪”は、入れないのですね」

「入れません」

リシュリューは、はっきり言った。

「謝罪は、
 言葉よりも行動で示された」

税の廃止。
宰相の復帰。
王太子の排除。
それらが、何よりの謝罪だ。

「退位後の扱いは?」

「“隠居”です」

「表向きは」

「はい」

リシュリューは、言葉を濁した。

その裏にある真実を、
二人とも理解している。


---

退位の公示は、
翌日、王都全域に張り出された。

人々は、立ち止まり、
静かに読み、
そして――頷いた。

「……そうか」
「やっと、責任を取ったか」
「逃げた、というより……」

誰かが、ぽつりと言う。

「ちゃんと、
 終わらせたな」

それが、
この国にとっての、
最大の評価だった。


---

王宮の大広間。

簡素な式が、執り行われた。

豪華な装飾はない。
祝宴もない。
ただ、玉座の前に立つ“国王”がいるだけ。

ライアーは、
ロネ国王の姿のまま、
一歩、前に出た。

「余は――」

その声は、よく通った。

「これまでの統治において、
 多くの過ちを犯した」

会場は、静まり返っている。

「それらの責任を取り、
 王位を退く」

一瞬、
何かが起きるかと、
誰もが思った。

だが――
何も起きない。

反対の声も、
抗議も、
嘆きも。

それが、答えだった。


---

「これより、
 王位は空席とする」

その宣言に、
ざわめきが走る。

だが、混乱はない。

すでに、
王のいない国が、
回っていることを、
皆が知っていたからだ。


---

式が終わり、
人々が去った後。

玉座の前に、
ライアーは一人、立っていた。

「……終わりましたね」

背後から、
リシュリューの声がする。

「ええ」

彼女は、振り返らない。

「思っていたより、
 あっさりでした」

「民は、
 結末よりも、
 日常を選びます」

「……賢明ですわね」

ライアーは、
玉座を見つめる。

あれほど遠く感じた場所が、
今は、ただの椅子にしか見えない。

「私は、
 王になりませんでした」

「なろうともしなかった」

「はい」

彼女は、
ゆっくりと深呼吸する。

「だから、
 ここまで来られました」

リシュリューは、
何も言わず、
その背中を見ていた。


---

その夜。

ライアーは、
王宮を去った。

誰にも見送られず、
誰にも気づかれず。

王宮の裏門から、
静かに。

王都の灯りが、
遠ざかっていく。

「……王太子妃には、
 向いていませんでしたけれど」

小さく、呟く。

「国王には、
 向いていたみたいですわ」

歩みを止め、
夜空を見上げる。

「……誰も、
 偽国王だなんて、
 気づきませんでしたもの」

それは、
勝利宣言ではない。

役目を終えた者の、
 静かな別れだった。


---

翌朝。

王都は、
いつも通りに動いていた。

商人は店を開き、
子どもは走り、
官僚は書類を運ぶ。

王はいない。
王太子もいない。

それでも――
国は、壊れていなかった。

むしろ、
少しだけ、
息をしやすくなっていた。

偽王の物語は、
ここで一度、幕を下ろす。

だが――
その後始末は、
まだ、残っている。

流刑地で、
「自分こそ本物だ」と叫び続ける男たちと、
それを誰も信じない世界が、
静かに、
待っているのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません

天宮有
恋愛
 公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。    第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。  その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。  追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。  ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。  私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

有能婚約者を捨てた王子は、幼馴染との真実の愛に目覚めたらしい

マルローネ
恋愛
サンマルト王国の王子殿下のフリックは公爵令嬢のエリザに婚約破棄を言い渡した。 理由は幼馴染との「真実の愛」に目覚めたからだ。 エリザの言い分は一切聞いてもらえず、彼に誠心誠意尽くしてきた彼女は悲しんでしまう。 フリックは幼馴染のシャーリーと婚約をすることになるが、彼は今まで、どれだけエリザにサポートしてもらっていたのかを思い知ることになってしまう。一人でなんでもこなせる自信を持っていたが、地の底に落ちてしまうのだった。 一方、エリザはフリックを完璧にサポートし、その態度に感銘を受けていた第一王子殿下に求婚されることになり……。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?

しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。 王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!! ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。 この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。 孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。 なんちゃって異世界のお話です。 時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。 HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24) 数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。 *国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。

処理中です...