16 / 39
第16話 正義の名を持たぬ者
しおりを挟む
第16話 正義の名を持たぬ者
流刑船が港を離れた翌日も、
王都は何事もなかったかのように動いていた。
朝、市場は開き、
昼、役所は書類を回し、
夜、灯りがともる。
王が消え、
王太子が消え、
それでも国は、静かに呼吸を続けている。
それが、
この一連の出来事に対する、
最も冷酷で、最も正確な評価だった。
---
「……想像以上に、平穏ですね」
執務室で、ライアーは窓の外を見ながら言った。
「当然です」
リシュリューは、即座に答える。
「混乱を起こしていたのは、
制度ではなく、人でした」
「人が消えただけで、
国が静かになる……」
「それが、
“王に依存しすぎた国”の末路です」
皮肉でも、非難でもない。
ただの分析だった。
---
宰相主導の合議制は、想像以上に機能していた。
各省は、
責任の所在を明確にされ、
決裁は迅速になり、
無意味な“王の裁量”が消えた。
「……楽になった、という声が多いですね」
「ええ」
リシュリューは、書類をめくる。
「判断基準が、
“陛下のお気分”から、
“法と予算”に戻っただけです」
それだけのこと。
だが、それが、
どれほど大きな変化か。
---
数日後。
ライアーは、
完全に政務の場から退いていた。
名目上は、
「退位した国王の近親者としての静養」。
実態は、
誰も彼女を呼ばなかった。
呼ぶ理由が、
なくなったからだ。
(……これでいい)
そう、思える自分に、
少しだけ驚く。
---
ある午後。
ライアーは、
屋敷の庭で、
一人、書簡を読んでいた。
差出人は、
地方の小さな商会。
内容は、簡素だった。
――税制改革により、
――商いが続けられています。
――感謝を。
署名も、飾りもない。
ただ、それだけ。
「……正義、ですか」
彼女は、
紙を折りながら、呟く。
(私は、
正義の名を振りかざしたわけではない)
(ただ、
壊れていたものを、
元に戻しただけ)
それだけで、
これほど多くの人の生活が、
軽くなる。
それが、
何よりも重い現実だった。
---
その夜。
リシュリューが、
最後の報告に訪れた。
「これで、
あなたに関わる政務は、
すべて終了です」
「……本当に?」
「ええ」
彼は、
穏やかに頷いた。
「あなたがいなくても、
国は回る」
「それが、
一番の成功ですわね」
ライアーは、
静かに微笑んだ。
「……感謝を」
リシュリューは、
一礼した。
「こちらこそ」
そして、
少しだけ間を置いて、
こう続ける。
「あなたは、
王ではありませんでした」
「はい」
「ですが――」
彼は、
真っ直ぐに彼女を見る。
「誰よりも、
王の役目を理解していた」
その言葉に、
ライアーは、
何も返さなかった。
返す必要が、
なかったからだ。
---
リシュリューが去った後、
屋敷は、完全な静寂に包まれた。
暖炉の火が、
小さく音を立てる。
「……正義の女神、アストライアー」
ふと、
その名が浮かぶ。
だが、彼女は首を振った。
「違いますわね」
正義の女神は、
天秤を持つ。
罰と裁きを、
与える存在。
「私は、
ただの――」
言葉を探し、
やめた。
肩書きなど、
もう必要ない。
---
翌朝。
ライアーは、
久しぶりに、
何の予定もない一日を迎えた。
本を読み、
庭を歩き、
紅茶を淹れる。
誰にも命じず、
誰にも命じられない。
その静けさの中で、
彼女は、はっきりと理解していた。
(私は、
王にならなかった)
(だからこそ、
王よりも、
自由だ)
そして――
その自由こそが、
彼女が、
命を懸けて守ったものだった。
偽王の物語は、
すでに終わっている。
残っているのは、
名もなき一人の女性の、
静かな人生だけだった。
流刑船が港を離れた翌日も、
王都は何事もなかったかのように動いていた。
朝、市場は開き、
昼、役所は書類を回し、
夜、灯りがともる。
王が消え、
王太子が消え、
それでも国は、静かに呼吸を続けている。
それが、
この一連の出来事に対する、
最も冷酷で、最も正確な評価だった。
---
「……想像以上に、平穏ですね」
執務室で、ライアーは窓の外を見ながら言った。
「当然です」
リシュリューは、即座に答える。
「混乱を起こしていたのは、
制度ではなく、人でした」
「人が消えただけで、
国が静かになる……」
「それが、
“王に依存しすぎた国”の末路です」
皮肉でも、非難でもない。
ただの分析だった。
---
宰相主導の合議制は、想像以上に機能していた。
各省は、
責任の所在を明確にされ、
決裁は迅速になり、
無意味な“王の裁量”が消えた。
「……楽になった、という声が多いですね」
「ええ」
リシュリューは、書類をめくる。
「判断基準が、
“陛下のお気分”から、
“法と予算”に戻っただけです」
それだけのこと。
だが、それが、
どれほど大きな変化か。
---
数日後。
ライアーは、
完全に政務の場から退いていた。
名目上は、
「退位した国王の近親者としての静養」。
実態は、
誰も彼女を呼ばなかった。
呼ぶ理由が、
なくなったからだ。
(……これでいい)
そう、思える自分に、
少しだけ驚く。
---
ある午後。
ライアーは、
屋敷の庭で、
一人、書簡を読んでいた。
差出人は、
地方の小さな商会。
内容は、簡素だった。
――税制改革により、
――商いが続けられています。
――感謝を。
署名も、飾りもない。
ただ、それだけ。
「……正義、ですか」
彼女は、
紙を折りながら、呟く。
(私は、
正義の名を振りかざしたわけではない)
(ただ、
壊れていたものを、
元に戻しただけ)
それだけで、
これほど多くの人の生活が、
軽くなる。
それが、
何よりも重い現実だった。
---
その夜。
リシュリューが、
最後の報告に訪れた。
「これで、
あなたに関わる政務は、
すべて終了です」
「……本当に?」
「ええ」
彼は、
穏やかに頷いた。
「あなたがいなくても、
国は回る」
「それが、
一番の成功ですわね」
ライアーは、
静かに微笑んだ。
「……感謝を」
リシュリューは、
一礼した。
「こちらこそ」
そして、
少しだけ間を置いて、
こう続ける。
「あなたは、
王ではありませんでした」
「はい」
「ですが――」
彼は、
真っ直ぐに彼女を見る。
「誰よりも、
王の役目を理解していた」
その言葉に、
ライアーは、
何も返さなかった。
返す必要が、
なかったからだ。
---
リシュリューが去った後、
屋敷は、完全な静寂に包まれた。
暖炉の火が、
小さく音を立てる。
「……正義の女神、アストライアー」
ふと、
その名が浮かぶ。
だが、彼女は首を振った。
「違いますわね」
正義の女神は、
天秤を持つ。
罰と裁きを、
与える存在。
「私は、
ただの――」
言葉を探し、
やめた。
肩書きなど、
もう必要ない。
---
翌朝。
ライアーは、
久しぶりに、
何の予定もない一日を迎えた。
本を読み、
庭を歩き、
紅茶を淹れる。
誰にも命じず、
誰にも命じられない。
その静けさの中で、
彼女は、はっきりと理解していた。
(私は、
王にならなかった)
(だからこそ、
王よりも、
自由だ)
そして――
その自由こそが、
彼女が、
命を懸けて守ったものだった。
偽王の物語は、
すでに終わっている。
残っているのは、
名もなき一人の女性の、
静かな人生だけだった。
0
あなたにおすすめの小説
婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。
だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。
もしかして、婚約破棄⁉
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。
第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。
その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。
追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。
ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。
私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。
覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
有能婚約者を捨てた王子は、幼馴染との真実の愛に目覚めたらしい
マルローネ
恋愛
サンマルト王国の王子殿下のフリックは公爵令嬢のエリザに婚約破棄を言い渡した。
理由は幼馴染との「真実の愛」に目覚めたからだ。
エリザの言い分は一切聞いてもらえず、彼に誠心誠意尽くしてきた彼女は悲しんでしまう。
フリックは幼馴染のシャーリーと婚約をすることになるが、彼は今まで、どれだけエリザにサポートしてもらっていたのかを思い知ることになってしまう。一人でなんでもこなせる自信を持っていたが、地の底に落ちてしまうのだった。
一方、エリザはフリックを完璧にサポートし、その態度に感銘を受けていた第一王子殿下に求婚されることになり……。
【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。
ところが新婚初夜、ダミアンは言った。
「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」
そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。
しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。
心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。
初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。
そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは─────
(※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)
【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?
しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。
王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!!
ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。
この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。
孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。
なんちゃって異世界のお話です。
時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。
HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24)
数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。
*国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる