偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾

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第22話 真実を語る資格

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第22話 真実を語る資格

牢獄の朝は、
容赦がない。

冷たい石床。
湿った空気。
朝と夜の区別すら、
曖昧になる。

ロネは、
壁にもたれ、
目を開けた。

「……夢では、ないのか」

腕には、
確かな重みがある。
枷だ。

国王の腕に、
それがはめられる日が来るとは――
かつての彼自身が、
最も嘲笑した未来だった。


---

「余を出せ!」

声は、
すでに枯れていた。

看守は、
足を止めない。

「余は国王だ!
 偽物は――」

「……その言葉は、
 何度も聞いた」

看守の声は、
淡々としている。

「だがな、
 真実を語る資格は、
 もはや貴様にはない」

「な……」

「王であるというのは、
 名乗ることではない」

そう言い残し、
足音は遠ざかった。


---

数刻後。

牢の扉が、
静かに開いた。

入ってきたのは、
将校と――
一人の老人。

ロネは、
その顔を見て、
目を見開く。

「……リシュリュー?」

かつて、
自ら投獄した宰相。

「久しいな、
 ロネ」

老人は、
一切の感情を乗せずに言った。


---

「余を出せ!
 お前なら分かるだろう!」

ロネは、
縋るように叫ぶ。

「余こそが本物だ!
 あの女は、
 余の名を騙る――」

「……聞こう」

リシュリューは、
静かに手を上げた。

「だが、
 その前に一つ」

彼は、
ロネをまっすぐに見据える。

「国王とは、
 何をする者だ?」


---

「……は?」

思わぬ問いに、
ロネは言葉を失う。

「答えよ」

「そ、それは……
 国を治め、
 命令を下し、
 余の意思を――」

「違う」

即座に、
否定された。

「国王とは、
 国の責任を負う者だ」

「……」

「税を課すなら、
 その理由を説明せねばならぬ。
 戦を起こすなら、
 犠牲を覚悟せねばならぬ」

リシュリューは、
一歩近づく。

「貴様は、
 そのどれを、
 一つでも果たしたか?」


---

ロネは、
言い返せなかった。

思い当たるのは、
享楽と、
逃避だけ。

「……だが、
 血筋は本物だ」

絞り出すように、
そう言う。

リシュリューは、
首を横に振った。

「血筋など、
 責任を果たせぬ者の免罪符にはならん」

「!」

「民は、
 血ではなく、
 行いを見る」

その言葉は、
重く、
確実に突き刺さった。


---

「……では、
 余は、
 何者だ?」

ロネの声は、
弱々しい。

リシュリューは、
静かに答える。

「王を名乗った罪人だ」

それ以上でも、
それ以下でもない。


---

「処分は?」

将校が、
淡々と尋ねる。

リシュリューは、
一瞬、
牢の奥を見る。

「流刑だ」

「無期限で」

「……情けを?」

将校が、
わずかに眉を動かす。

「情けではない」

リシュリューは、
きっぱりと言った。

「反省する時間を、
 無限に与えるだけだ」


---

ロネは、
力なく笑った。

「……反省、か」

「そうだ」

「だが、
 余は……」

言葉が、
続かない。

その沈黙が、
すべてだった。


---

その夜。

ライアーは、
報告書に目を通していた。

「……“王を名乗った罪人”」

短く、
呟く。

(私が王を演じていた時、
 この言葉は、
 常に自分にも向けていた)

だからこそ、
越えなかった一線がある。


---

「処分は?」

側近が問う。

「予定通り」

ライアーは、
迷いなく答えた。

「流刑。無期限」

「……王であった者を?」

「いいえ」

彼女は、
顔を上げる。

「王を名乗った罪人です」

その違いを、
誰よりも理解しているのは、
彼女自身だった。


---

こうして、
真実を語る資格を失った男は、
裁かれた。

名乗るだけでは、
王になれない。

そして――
王を演じた女だけが、
その事実を、
最後まで忘れなかった。
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