偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾

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第24話 裁かれなかった者

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第24話 裁かれなかった者

流刑船が、
港を離れたという報せは、
驚くほど静かに届いた。

鐘は鳴らされず、
広場に人も集まらない。

それでいいと、
誰もが思っていた。


---

港の端。

霧の向こうに消えていく船影を、
数人の官吏が見送っていた。

「……終わりましたな」

誰かが、
ぽつりと呟く。

「ええ。
 王家の問題は、
 これで」

「王家、ですか……」

別の者が、
言葉を選ぶように続けた。

「今となっては、
 “そう呼ぶ必要”も、
 ありませんが」

誰も否定しなかった。


---

その頃、
ライアーは屋敷の書斎にいた。

机の上には、
何通もの報告書。

・旧国王ロネ、流刑地到着
・旧王太子オレン、別流刑地へ移送完了
・混乱なし
・暴動なし
・反発、ほぼ皆無

「……見事なほど、
 静かですわね」

それは、
皮肉でも、
自嘲でもない。

事実としての感想だった。


---

リシュリューが、
控えめに口を開く。

「人は、
 裁きを見たいわけではありません」

「ええ」

「安心を確認したいだけです」

悪が罰せられ、
秩序が戻った。

それが分かれば、
それ以上を望まない。

「だから、
 あなたは裁かれなかった」

ライアーは、
小さく笑った。

「私も、
 罪人の一人ですのに」


---

「いいえ」

リシュリューは、
はっきりと言った。

「あなたは、
 罪を犯さなかった」

「……王を騙りました」

「それは、
 王の名を使っただけ」

「ですが――」

「国を欺かなかった」

その言葉に、
ライアーは、
しばらく黙った。

(……確かに)

彼女は、
何一つ、
私利私欲のために動かなかった。

求めたのは、
終わりだけ。


---

「それでも……」

ライアーは、
静かに言う。

「私は、
 裁かれませんでした」

「それが、
 一番の罰です」

リシュリューは、
淡々と答えた。

「忘れられること」

「……」

「英雄にもならず、
 罪人にもならず、
 歴史の外に立つ」

「それは……」

「非常に、
 孤独です」


---

ライアーは、
視線を落とした。

(孤独……)

確かに、
拍手も、
罵声も、
もう向けられない。

誰も、
彼女を裁らない。

それは、
守られているようでいて、
同時に、
完全に切り離されているということ。

「……ですが」

顔を上げ、
彼女は微笑んだ。

「その孤独を、
 私は選びました」


---

夕方。

屋敷の庭で、
子どもたちが走り回っている。

笑い声。
転ぶ音。
呼び合う声。

ライアーは、
縁側に腰掛け、
その様子を眺めていた。

「ねえ、
 お姉さん」

一人の子が、
声をかけてくる。

「どうしました?」

「昔、
 悪い王様がいたって、
 本当?」

ライアーは、
少し考える。

「……ええ」

「じゃあ、
 今は?」

「いませんわ」

「どうして?」

彼女は、
空を見上げて答えた。

「必要なくなったからです」

子どもは、
よく分からない顔をして、
それでも、
「ふうん」と頷いた。


---

夜。

ライアーは、
一人で紅茶を淹れる。

裁かれなかった者。
英雄にも、
罪人にもならなかった者。

「……それで、
 いい」

カップを口に運び、
静かに息を吐く。

裁きは、
終わった。

残ったのは、
ただの人生。

それ以上も、
それ以下もない。

そして――
それこそが、
彼女が望んだ、
唯一の報酬だった。
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