偽王を演じた侯爵令嬢は、名もなき人生を選ぶ」

鷹 綾

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第28話 影で生きる覚悟

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第28話 影で生きる覚悟

朝靄が、
庭の木々を柔らかく包んでいた。

ライアーは、
その中をゆっくり歩く。
足音は、
ほとんどしない。

(……影になると決めたのに)

(覚悟は、
 まだ試されるのですね)


---

昼前、
もう一通の書簡が届いた。

今度は、
評議会ではない。

差出人――
若い官僚の名。

――あなたの助言に救われました。
――ですが、
――どうしても一度、
――お会いしたい。

ライアーは、
紙を閉じ、
机に置いた。

会えば、
名前が生まれる。
顔が記憶される。

それは、
彼女が避けてきたことだった。


---

夕方、
リシュリューと並んで、
炉端に座る。

「……会うべきでしょうか」

問いは、
珍しく弱かった。

「会う必要はない」

老人は、
即答した。

「制度は、
 人に依存しないためにある」

「ですが、
 若い彼らは、
 拠り所を求めています」

「ならば、
 “あなた”ではなく、
 考え方を残すべきです」


---

その言葉に、
ライアーは目を伏せた。

「考え方……」

「名ではなく、
 方法を」

リシュリューは、
静かに続ける。

「人は、
 人に縋ると、
 また同じ過ちを繰り返す」


---

夜。

ライアーは、
白紙の帳面を開いた。

だが、
そこに署名はしない。

書くのは、
原則だけ。

・税は理由を伴うこと
・例外は文書で残すこと
・感情ではなく、数字で決めること
・権力は分散させること

誰の言葉かは、
書かない。


---

数日後。

その帳面の写しが、
官庁に回った。

評判は、
不思議なものだった。

「実務的だ」
「感情論がない」
「誰が書いたんだ?」

だが、
答えは出ない。

(……それで、いい)


---

ある朝。

市場で、
こんな会話を耳にした。

「最近の役人、
 ずいぶん冷静だな」

「誰か、
 裏で知恵を出してるんじゃないか?」

「顔の見えない賢者、
 ってやつか?」

ライアーは、
小さく息を吐いた。

(……顔の見えない、
 で十分です)


---

夜。

彼女は、
灯りを落とし、
静かに座る。

影になる覚悟。

それは、
誰にも称えられず、
誰にも恨まれず、
それでも、
国の行く先に責任を持つということ。

「……私は、
 名を持たないまま、
 生きますわ」

それは、
誓いでも、
願いでもない。

ただの、
決断だった。

ライアー・ユースティティアは、
今日もまた、
誰にも知られず、
国を少しだけ前へ進めた。

物語は、
静かに、
影の中で続いていく。
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