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第十八話 静かな選別
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第十八話 静かな選別
王宮の中で、人の動きが変わり始めていた。
それは派手な裏切りでも、露骨な離反でもない。
ただ――会わなくなる。
顔を出さなくなる。
用事を後回しにする。
その小さな変化が、確実に積み重なっていく。
「……最近、あの伯爵、見かけませんわね」
「ええ。以前は、殿下の執務室に頻繁に出入りしていましたのに」
そんな会話が、あちこちで交わされる。
理由は明白だった。
――今の王宮は、先が読めない。
判断が遅く、方向性が曖昧で、
誰の意見が通るのかも分からない。
貴族たちは、愚かではない。
危うい場所からは、
理由をつけて距離を取る。
それを、彼らは“慎重”と呼ぶ。
王太子ユリウスは、その変化を、数字で実感していた。
来訪者の記録。
提出される意見書の数。
非公式の打診。
すべてが、確実に減っている。
(……選ばれていない)
そう思った瞬間、胸の奥が冷えた。
彼らは、反対派に回ったわけではない。
ただ、“今は関わらない”と決めただけだ。
それが、何より厄介だった。
「……皆、様子見か」
独り言のように呟く。
だが、答えは分かっている。
様子を見られる側になった時点で、
主導権は、すでに失われている。
一方、新しい婚約者も、
同じ“選別”を肌で感じていた。
以前は、
「殿下の婚約者様」として迎えられていた場で、
今は、丁寧ではあるが、どこか距離のある対応を受ける。
「……お疲れでしょう」
「ええ……少し」
形式的な会話。
深まらない関係。
(……違う)
以前は、もっと自然だった。
もっと、安心感があった。
だがそれは――
自分の力ではなかったのだと、
ようやく理解し始めていた。
(……場が、整っていた)
誰かが、裏で整えていた。
だから、自分は“そこにいるだけ”でよかった。
今は違う。
整える人間がいない。
だから、
自分自身が、
何をどうすればいいのか分からない。
その焦りは、
笑顔の奥に、確実に滲み始めていた。
一方、ヴァイセル公爵家。
リュシエンヌは、朝の光の中で、ゆっくりと目を覚ましていた。
特別な予定はない。
急ぐ必要もない。
それでも――
最近、訪問者が増えている。
「……ご機嫌伺い、ですか」
侍女の報告を聞きながら、
彼女は淡々と考える。
王宮からの直接の使者ではない。
だが、王宮と関係の深い貴族たち。
彼らは、こう言う。
「お身体は、いかがですかな」
「今後のご予定は……」
遠回しな探り。
戻るつもりがあるのか。
別の立場で動くのか。
それとも、本当に何もしないのか。
「……お会いしますか?」
侍女の問いに、
リュシエンヌは少し考えてから答えた。
「いいえ。
今は、どなたにもお会いしません」
理由は、明確だ。
「会えば、
また“役割”を期待されます」
彼女は、もう知っている。
人は、
便利な存在を前にすると、
無意識に、期待を上乗せする。
それを断つためには、
曖昧な対応は許されない。
「……完全に、距離を置くのですね」
「ええ」
その言葉に、
迷いはなかった。
王宮では、
さらに選別が進んでいた。
中立派の貴族たちは、
次第に別の場に顔を出すようになり、
王太子の周囲には、
限られた顔ぶれだけが残る。
「……殿下の周り、
少し、偏ってきていませんか?」
側近の言葉に、
ユリウスは、答えられなかった。
偏っている。
それは事実だ。
だが、それを修正する力が、
今の彼にはない。
そして――
誰かが、静かに結論づけた。
「……選別されているのは、
我々の方だ」
その言葉は、
誰も否定できなかった。
リュシエンヌ・フォン・ヴァイセルは、
今日もまた、
何もしていない。
だが、
彼女が“何もしない”ことで、
人々は選ばざるを得なくなる。
関わるのか。
距離を取るのか。
依存を続けるのか。
自立するのか。
それは、
彼女が仕掛けた罠ではない。
――支えが消えただけの、現実だ。
そしてこの静かな選別は、
やがて、
取り返しのつかない分岐点となって、
王宮の未来を分けることになる。
そのことに、
まだ気づいていない者は、
思いのほか、多かった。
王宮の中で、人の動きが変わり始めていた。
それは派手な裏切りでも、露骨な離反でもない。
ただ――会わなくなる。
顔を出さなくなる。
用事を後回しにする。
その小さな変化が、確実に積み重なっていく。
「……最近、あの伯爵、見かけませんわね」
「ええ。以前は、殿下の執務室に頻繁に出入りしていましたのに」
そんな会話が、あちこちで交わされる。
理由は明白だった。
――今の王宮は、先が読めない。
判断が遅く、方向性が曖昧で、
誰の意見が通るのかも分からない。
貴族たちは、愚かではない。
危うい場所からは、
理由をつけて距離を取る。
それを、彼らは“慎重”と呼ぶ。
王太子ユリウスは、その変化を、数字で実感していた。
来訪者の記録。
提出される意見書の数。
非公式の打診。
すべてが、確実に減っている。
(……選ばれていない)
そう思った瞬間、胸の奥が冷えた。
彼らは、反対派に回ったわけではない。
ただ、“今は関わらない”と決めただけだ。
それが、何より厄介だった。
「……皆、様子見か」
独り言のように呟く。
だが、答えは分かっている。
様子を見られる側になった時点で、
主導権は、すでに失われている。
一方、新しい婚約者も、
同じ“選別”を肌で感じていた。
以前は、
「殿下の婚約者様」として迎えられていた場で、
今は、丁寧ではあるが、どこか距離のある対応を受ける。
「……お疲れでしょう」
「ええ……少し」
形式的な会話。
深まらない関係。
(……違う)
以前は、もっと自然だった。
もっと、安心感があった。
だがそれは――
自分の力ではなかったのだと、
ようやく理解し始めていた。
(……場が、整っていた)
誰かが、裏で整えていた。
だから、自分は“そこにいるだけ”でよかった。
今は違う。
整える人間がいない。
だから、
自分自身が、
何をどうすればいいのか分からない。
その焦りは、
笑顔の奥に、確実に滲み始めていた。
一方、ヴァイセル公爵家。
リュシエンヌは、朝の光の中で、ゆっくりと目を覚ましていた。
特別な予定はない。
急ぐ必要もない。
それでも――
最近、訪問者が増えている。
「……ご機嫌伺い、ですか」
侍女の報告を聞きながら、
彼女は淡々と考える。
王宮からの直接の使者ではない。
だが、王宮と関係の深い貴族たち。
彼らは、こう言う。
「お身体は、いかがですかな」
「今後のご予定は……」
遠回しな探り。
戻るつもりがあるのか。
別の立場で動くのか。
それとも、本当に何もしないのか。
「……お会いしますか?」
侍女の問いに、
リュシエンヌは少し考えてから答えた。
「いいえ。
今は、どなたにもお会いしません」
理由は、明確だ。
「会えば、
また“役割”を期待されます」
彼女は、もう知っている。
人は、
便利な存在を前にすると、
無意識に、期待を上乗せする。
それを断つためには、
曖昧な対応は許されない。
「……完全に、距離を置くのですね」
「ええ」
その言葉に、
迷いはなかった。
王宮では、
さらに選別が進んでいた。
中立派の貴族たちは、
次第に別の場に顔を出すようになり、
王太子の周囲には、
限られた顔ぶれだけが残る。
「……殿下の周り、
少し、偏ってきていませんか?」
側近の言葉に、
ユリウスは、答えられなかった。
偏っている。
それは事実だ。
だが、それを修正する力が、
今の彼にはない。
そして――
誰かが、静かに結論づけた。
「……選別されているのは、
我々の方だ」
その言葉は、
誰も否定できなかった。
リュシエンヌ・フォン・ヴァイセルは、
今日もまた、
何もしていない。
だが、
彼女が“何もしない”ことで、
人々は選ばざるを得なくなる。
関わるのか。
距離を取るのか。
依存を続けるのか。
自立するのか。
それは、
彼女が仕掛けた罠ではない。
――支えが消えただけの、現実だ。
そしてこの静かな選別は、
やがて、
取り返しのつかない分岐点となって、
王宮の未来を分けることになる。
そのことに、
まだ気づいていない者は、
思いのほか、多かった。
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