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第二十四話 何もしない選択
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第二十四話 何もしない選択
朝の光が、ヴァイセル公爵家の庭に落ちていた。
露を含んだ草が、淡く輝く。
鳥の声が、穏やかに流れる。
――静かだ。
リュシエンヌは、窓辺の椅子に腰を下ろし、
何も書かれていない紙を前に、紅茶を口にした。
(……今日は、
何もしない日にしましょう)
予定はない。
呼び出しもない。
助言を求める書簡も、今日は届いていない。
以前の自分なら、
この“空白”に、耐えられなかっただろう。
何かしなければ。
役に立たなければ。
必要とされなければ。
そうやって、
自分の存在価値を、
行動で埋めようとしていた。
「……でも」
今は、違う。
何もしないことを、
自分で選んでいる。
それだけで、
胸の奥が、静かだった。
侍女が、控えめに声をかける。
「お嬢様、本日は……」
「ええ。
特に予定は入れません」
少し驚いた顔。
だが、すぐに頷いた。
「かしこまりました」
誰も困らない。
誰も止まらない。
――それが、
今の世界だ。
一方、王宮。
王太子ユリウスは、
前日の判断について、
小さな反発を受けていた。
「……この案では、
反対派が動くかと」
官吏の一人が、慎重に言う。
「承知している」
ユリウスは、短く答えた。
「それでも、
今は、こちらを選ぶ」
迷いはある。
だが、逃げてはいない。
かつてなら、
“最善の妥協案”を、
誰かが差し出してくれただろう。
今は、違う。
選ぶのは、自分だ。
(……不安だな)
そう思いながらも、
ペンを置かない。
不安だからといって、
止まる理由にはならないと、
ようやく理解し始めていた。
一方、新しい婚約者は、
王宮の一室で、
書類の山を前にしていた。
孤児院への定期支援。
関連団体との連絡。
小さな確認事項。
派手ではない。
だが、途切れさせてはいけない。
「……これで、今月分は」
書類を整え、
小さく息をつく。
彼女は、
“成果”を急がない。
比べられることも、
評価されることも、
もう、目的ではない。
(……続けば、それでいい)
それが、
彼女なりの責任だった。
午後。
リュシエンヌは、
庭をゆっくりと歩いていた。
目的はない。
視察でもない。
ただ、歩く。
木々の間を抜け、
風の匂いを感じる。
(……世界は、
私が動かなくても、
回っている)
それは、
寂しさではなかった。
むしろ――
安堵だった。
自分が止まっても、
壊れない。
自分が何もしなくても、
誰かの人生は、続く。
それを、
ようやく信じられるようになった。
夕方、
侍女が小さな報告を持ってくる。
「お嬢様、
市場でお話しされていた織物の件ですが……
工房の者が、試作品を作りたいと」
リュシエンヌは、少し考える。
すぐに返事をしない。
急がない。
「……明日で構いませんわ。
今日は、休みにしましょう」
侍女は、一瞬驚き、
そして、微笑んだ。
「はい」
それでいい。
今すぐでなくていい。
王宮では、
小さな混乱が起きていた。
判断が遅れ、
対応が後手に回る。
だが、
誰かを呼び戻す声は、
やはり上がらない。
「……自分たちで、
何とかしよう」
その一言が、
少しずつ、
根付いている。
夜。
リュシエンヌは、
灯りを落とした部屋で、
静かに考える。
何も成し遂げていない一日。
誰も救っていない一日。
それでも――
(……悪くありませんわ)
焦りはない。
罪悪感もない。
“何もしない”ことを、
自分で許した一日。
それは、
これまでの人生では、
決して選べなかった選択だ。
王太子は、
不完全な判断を抱えながら、
眠りにつく。
新しい婚約者は、
静かな達成感とともに、
明日の確認事項を閉じる。
そして、
リュシエンヌは――
何もしていない自分を、
肯定しながら、
目を閉じた。
第二十四話の終わりに、
世界は、
何事もなかったかのように、
夜を迎える。
だが、その裏で、
確かに、
一つの価値観が、
静かに更新されていた。
――何もしない選択も、
立派な“生き方”なのだと。
朝の光が、ヴァイセル公爵家の庭に落ちていた。
露を含んだ草が、淡く輝く。
鳥の声が、穏やかに流れる。
――静かだ。
リュシエンヌは、窓辺の椅子に腰を下ろし、
何も書かれていない紙を前に、紅茶を口にした。
(……今日は、
何もしない日にしましょう)
予定はない。
呼び出しもない。
助言を求める書簡も、今日は届いていない。
以前の自分なら、
この“空白”に、耐えられなかっただろう。
何かしなければ。
役に立たなければ。
必要とされなければ。
そうやって、
自分の存在価値を、
行動で埋めようとしていた。
「……でも」
今は、違う。
何もしないことを、
自分で選んでいる。
それだけで、
胸の奥が、静かだった。
侍女が、控えめに声をかける。
「お嬢様、本日は……」
「ええ。
特に予定は入れません」
少し驚いた顔。
だが、すぐに頷いた。
「かしこまりました」
誰も困らない。
誰も止まらない。
――それが、
今の世界だ。
一方、王宮。
王太子ユリウスは、
前日の判断について、
小さな反発を受けていた。
「……この案では、
反対派が動くかと」
官吏の一人が、慎重に言う。
「承知している」
ユリウスは、短く答えた。
「それでも、
今は、こちらを選ぶ」
迷いはある。
だが、逃げてはいない。
かつてなら、
“最善の妥協案”を、
誰かが差し出してくれただろう。
今は、違う。
選ぶのは、自分だ。
(……不安だな)
そう思いながらも、
ペンを置かない。
不安だからといって、
止まる理由にはならないと、
ようやく理解し始めていた。
一方、新しい婚約者は、
王宮の一室で、
書類の山を前にしていた。
孤児院への定期支援。
関連団体との連絡。
小さな確認事項。
派手ではない。
だが、途切れさせてはいけない。
「……これで、今月分は」
書類を整え、
小さく息をつく。
彼女は、
“成果”を急がない。
比べられることも、
評価されることも、
もう、目的ではない。
(……続けば、それでいい)
それが、
彼女なりの責任だった。
午後。
リュシエンヌは、
庭をゆっくりと歩いていた。
目的はない。
視察でもない。
ただ、歩く。
木々の間を抜け、
風の匂いを感じる。
(……世界は、
私が動かなくても、
回っている)
それは、
寂しさではなかった。
むしろ――
安堵だった。
自分が止まっても、
壊れない。
自分が何もしなくても、
誰かの人生は、続く。
それを、
ようやく信じられるようになった。
夕方、
侍女が小さな報告を持ってくる。
「お嬢様、
市場でお話しされていた織物の件ですが……
工房の者が、試作品を作りたいと」
リュシエンヌは、少し考える。
すぐに返事をしない。
急がない。
「……明日で構いませんわ。
今日は、休みにしましょう」
侍女は、一瞬驚き、
そして、微笑んだ。
「はい」
それでいい。
今すぐでなくていい。
王宮では、
小さな混乱が起きていた。
判断が遅れ、
対応が後手に回る。
だが、
誰かを呼び戻す声は、
やはり上がらない。
「……自分たちで、
何とかしよう」
その一言が、
少しずつ、
根付いている。
夜。
リュシエンヌは、
灯りを落とした部屋で、
静かに考える。
何も成し遂げていない一日。
誰も救っていない一日。
それでも――
(……悪くありませんわ)
焦りはない。
罪悪感もない。
“何もしない”ことを、
自分で許した一日。
それは、
これまでの人生では、
決して選べなかった選択だ。
王太子は、
不完全な判断を抱えながら、
眠りにつく。
新しい婚約者は、
静かな達成感とともに、
明日の確認事項を閉じる。
そして、
リュシエンヌは――
何もしていない自分を、
肯定しながら、
目を閉じた。
第二十四話の終わりに、
世界は、
何事もなかったかのように、
夜を迎える。
だが、その裏で、
確かに、
一つの価値観が、
静かに更新されていた。
――何もしない選択も、
立派な“生き方”なのだと。
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