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第二十五話 動かないことで守れるもの
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第二十五話 動かないことで守れるもの
朝の鐘が鳴っても、リュシエンヌは急がなかった。
カーテン越しに差し込む光を眺め、
湯気の立つ紅茶をゆっくり口にする。
時計は、少し遅めの時を指していた。
(……今日は、
何も決めないと決めています)
昨日と同じ。
だが、意味は違う。
昨日は“休む日”。
今日は――“待つ日”。
屋敷の中は、静かだった。
侍女たちは、それぞれの仕事をこなし、
誰も彼女の判断を急かさない。
それが、
少し前までは考えられなかったことだ。
一方、王宮では、
思わぬ波紋が広がっていた。
前日の決定が、
地方貴族の一部から反発を受けたのだ。
「……殿下、
面会を求めております」
側近の報告に、
ユリウスは一瞬、眉を寄せる。
(……来たか)
想定内ではある。
だが、簡単ではない。
「通してくれ」
逃げない。
それだけは、決めている。
面会は、穏やかな言葉で始まり、
やがて、遠回しな非難へと変わった。
「……以前なら、
もっと調整があったはずだ」
その言葉に、
ユリウスは、正面から答える。
「今回は、
こちらで判断した」
言い切りだった。
場に、沈黙が落ちる。
かつての王太子なら、
ここで一歩引いたかもしれない。
だが、今は違う。
「納得できないなら、
正式に意見を出してほしい」
対話を拒まない。
だが、代わりに決めてもらう気もない。
面会は、
完全な和解では終わらなかった。
それでも――
“持ち帰る”という形で、
場は収まる。
ユリウスは、椅子に深く座り直し、
小さく息を吐いた。
(……疲れるな)
だが、
誰かを思い浮かべて、
判断を委ねることは、
もうしなかった。
一方、新しい婚約者は、
王宮の片隅で、
控えめな会合に参加していた。
孤児院支援に関わる者たちとの、
定例の顔合わせ。
「……急な変更は、
現場を混乱させます」
「はい。
ですから、
今月は、何も変えません」
彼女の言葉は、
はっきりしていた。
“良くしたい”気持ちより、
“続ける”ことを優先する。
それは、
派手さのない判断だ。
だが、
現場の表情は、
ほっと緩んだ。
「……それが、
一番助かります」
その一言に、
彼女は静かに頷く。
(……動かないことで、
守れるものもある)
王宮を出るとき、
ふと、空を見上げる。
比べられることも、
評価されることもない。
それでも、
確かに、誰かの役に立っている。
一方、ヴァイセル公爵家。
午後になって、
例の織物工房から、
試作品が届いた。
侍女が、
慎重に包みを解く。
「……お嬢様」
声には、
期待が滲んでいた。
リュシエンヌは、
すぐには手を伸ばさない。
椅子に座り、
一度、目を閉じる。
(……今日は、
判断しない日)
だから――
「明日、拝見しますわ」
その一言に、
侍女は一瞬戸惑い、
そして、静かに頷いた。
「承知しました」
決断を遅らせることは、
逃げではない。
急がないことで、
守れる距離もある。
夜。
三人は、
それぞれの場所で、
同じような疲れを感じていた。
ユリウスは、
反発を受け止めた一日の重さを。
新しい婚約者は、
変えなかった判断の責任を。
リュシエンヌは――
何も決めなかった静けさを。
窓辺で、
月を見上げながら、
彼女は思う。
(……動かないことで、
誰かを困らせない日も、
あっていい)
かつては、
自分が動かなければ、
世界が止まる気がしていた。
だが、今は違う。
世界は回る。
人は選ぶ。
自分が動く日も、
動かない日も、
等しく、
人生の一部だ。
朝の鐘が鳴っても、リュシエンヌは急がなかった。
カーテン越しに差し込む光を眺め、
湯気の立つ紅茶をゆっくり口にする。
時計は、少し遅めの時を指していた。
(……今日は、
何も決めないと決めています)
昨日と同じ。
だが、意味は違う。
昨日は“休む日”。
今日は――“待つ日”。
屋敷の中は、静かだった。
侍女たちは、それぞれの仕事をこなし、
誰も彼女の判断を急かさない。
それが、
少し前までは考えられなかったことだ。
一方、王宮では、
思わぬ波紋が広がっていた。
前日の決定が、
地方貴族の一部から反発を受けたのだ。
「……殿下、
面会を求めております」
側近の報告に、
ユリウスは一瞬、眉を寄せる。
(……来たか)
想定内ではある。
だが、簡単ではない。
「通してくれ」
逃げない。
それだけは、決めている。
面会は、穏やかな言葉で始まり、
やがて、遠回しな非難へと変わった。
「……以前なら、
もっと調整があったはずだ」
その言葉に、
ユリウスは、正面から答える。
「今回は、
こちらで判断した」
言い切りだった。
場に、沈黙が落ちる。
かつての王太子なら、
ここで一歩引いたかもしれない。
だが、今は違う。
「納得できないなら、
正式に意見を出してほしい」
対話を拒まない。
だが、代わりに決めてもらう気もない。
面会は、
完全な和解では終わらなかった。
それでも――
“持ち帰る”という形で、
場は収まる。
ユリウスは、椅子に深く座り直し、
小さく息を吐いた。
(……疲れるな)
だが、
誰かを思い浮かべて、
判断を委ねることは、
もうしなかった。
一方、新しい婚約者は、
王宮の片隅で、
控えめな会合に参加していた。
孤児院支援に関わる者たちとの、
定例の顔合わせ。
「……急な変更は、
現場を混乱させます」
「はい。
ですから、
今月は、何も変えません」
彼女の言葉は、
はっきりしていた。
“良くしたい”気持ちより、
“続ける”ことを優先する。
それは、
派手さのない判断だ。
だが、
現場の表情は、
ほっと緩んだ。
「……それが、
一番助かります」
その一言に、
彼女は静かに頷く。
(……動かないことで、
守れるものもある)
王宮を出るとき、
ふと、空を見上げる。
比べられることも、
評価されることもない。
それでも、
確かに、誰かの役に立っている。
一方、ヴァイセル公爵家。
午後になって、
例の織物工房から、
試作品が届いた。
侍女が、
慎重に包みを解く。
「……お嬢様」
声には、
期待が滲んでいた。
リュシエンヌは、
すぐには手を伸ばさない。
椅子に座り、
一度、目を閉じる。
(……今日は、
判断しない日)
だから――
「明日、拝見しますわ」
その一言に、
侍女は一瞬戸惑い、
そして、静かに頷いた。
「承知しました」
決断を遅らせることは、
逃げではない。
急がないことで、
守れる距離もある。
夜。
三人は、
それぞれの場所で、
同じような疲れを感じていた。
ユリウスは、
反発を受け止めた一日の重さを。
新しい婚約者は、
変えなかった判断の責任を。
リュシエンヌは――
何も決めなかった静けさを。
窓辺で、
月を見上げながら、
彼女は思う。
(……動かないことで、
誰かを困らせない日も、
あっていい)
かつては、
自分が動かなければ、
世界が止まる気がしていた。
だが、今は違う。
世界は回る。
人は選ぶ。
自分が動く日も、
動かない日も、
等しく、
人生の一部だ。
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