永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる(オリジナルバージョン)

鷹 綾

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2-4 『紅の舞踏会、そして決別』

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その翌日――
イソファガス家の屋敷、その一角に設けられた別棟の衣裳室では、誕生祭に向けた準備が着々と進められていた。

柔らかな陽光が差し込む室内には、色とりどりの布地や完成間近のドレスが並び、まるで小さな宝石箱のようだ。その中央で、キクコはシェリルと並び、仕立て上がった衣装の確認を行っていた。

「キクコお姉様、このドレスはいかがですか?」

 シェリルが楽しげに声をかける。

「……お姉様じゃないでしょう、シェリル叔母様」

「まあ、そんな堅苦しい呼び方は嫌ですわ。私は“叔母様”より、“お姉様”と呼ばれる方がずっと嬉しいのですもの」

「……はい、シェリルお姉様……」

 半ば諦めたようにそう答えるキクコに、シェリルは満足げな笑みを浮かべる。

 彼女は次に、深紅の布地で仕立てられたドレスを手に取り、光にかざすようにして掲げた。

「それでしたら、この赤いドレスなんてどうかしら? とても鮮やかで華やか。場の視線を一身に集めること間違いなしですわ」

「ええ……とても素敵だと思います……」

「でしょう? それに今回は皇子の誕生祭。これはただの社交の場ではありませんのよ、キクコお姉様。言うなれば――女の戦場ですわ」

「戦場……」

「ええ。女の戦場。だからこそ、ドレスは最大にして最強の武器なのですもの」

 シェリルは力強く断言した。

「でも、私には昔からのドレスがたくさんありますし……。体型も三百年前から変わっていませんから、サイズ的には問題ありませんし」

「そういう問題ではありませんの!」

 シェリルは即座に切り返す。

「三百年分のドレスなんて、アンティークを通り越して、もはや骨董品ですわ。今回は“新しい武器”を用意するべきですのよ」

「……それは、ごもっともですわ」

 キクコは扇子でそっと口元を隠しながら、小さく笑った。

 その微笑ましいやりとりを、衣裳室の隅からこっそり覗いていた小さな影が、ぽつりと呟く。

「……赤いと、三倍強くなるって、なんかで聞いた……」

「……フロンティア、それは一体どこで覚えたの? 変な知識ね」

「だって、強いほうがかっこいいでしょ!」

 無邪気に言い切る少年に、キクコは一瞬言葉に詰まる。

「フロンティア、これは“舞踏会”なの。“武道会”ではありません。強さは必要ないのよ?」

「でも、やっぱり強い方がカッコいいって思うんだ」

 少し呆れたように、けれどどこか嬉しそうに、キクコはしゃがみ込んでフロンティアの頭を優しく撫でた。

 その夜。
イソファガス家の屋敷には、赤いドレスの準備とともに、これまでとは少し違う、新しい風が静かに吹き始めていた。


帝国暦九百十二年。
 皇子ラファエルの誕生祭を祝う大舞踏会は、帝都中央にそびえる白亜の皇城で盛大に催されていた。

 天井高く掲げられたシャンデリアが無数の光を放ち、金と白を基調とした大広間には、帝国中の貴族と賓客が集っている。
 音楽、笑い声、衣擦れの音——すべてが、皇子の未来を祝福するかのように溶け合っていた。

 その中で、ひときわ視線を集めていた存在がある。

 深紅のドレスに身を包んだ、ひとりの少女。
 年若く、華奢で、しかし不思議な威厳を纏った存在——キクコ・イソファガスであった。

(……やはり来てくれた)

 ラファエルは人波の向こうにその姿を見つけ、胸の奥が高鳴るのを抑えきれずにいた。
 数日前、はっきりと拒絶されたにもかかわらず、それでもなお彼の想いは消えていなかった。

 むしろ——

(今夜こそ、伝えなければ)

 意を決したラファエルは、周囲の貴族たちに一礼しながら、まっすぐキクコのもとへと歩み寄る。

「キクコ様」

 声をかけられ、彼女はゆっくりと振り返った。
 その瞳に映るのは、以前と変わらぬ穏やかさと、どこか距離を感じさせる静けさ。

「……ラファエル皇子殿下。誕生日、おめでとうございます」

「ありがとうございます。こうして来ていただけたこと、心から嬉しく思います」

 形式的な挨拶を交わしながらも、二人の間に漂う空気は、周囲の喧噪とは切り離されたように張り詰めていた。

「よろしければ……今宵も、一曲」

 ラファエルは再び手を差し出す。
 その仕草は丁寧で、誠実で、真剣そのものだった。

 キクコは一瞬だけその手を見つめ、そして静かに首を横に振った。

「……申し訳ありません。今夜は踊りません」

「それでも……話だけでも」

「それも、できません」

 きっぱりとした拒絶だった。

 ざわり、と周囲の貴族たちの空気が揺れる。
 皇子の誕生祭の主役が、客人である少女に拒まれている——その光景は、あまりに異例だった。

「キクコ様……」

「皇子殿下」

 キクコは扇子を閉じ、真っ直ぐに彼を見据えた。

「以前、私は申し上げました。あなたの想いはありがたい、と。でも——」

 少しだけ、言葉を選ぶように間を置く。

「それに応えることは、できないと」

「……なぜですか」

 ラファエルの声は、かすかに震えていた。

「私は皇子です。帝国の未来を背負う立場にあります。あなたと共にあれるなら——」

「だからです」

 キクコは静かに遮った。

「あなたには、未来があります。変わっていく未来が。
 でも私は、変わらない存在。時に取り残され、見送る側にしかなれない者です」

 赤いドレスの裾が、わずかに揺れる。

「あなたの人生に、私は“傷”を残すだけ。
 それは、あなたのためでも、帝国のためでもありません」

「それでも……!」

「それでも、です」

 その声には、揺るぎがなかった。

 ラファエルは、何も言えなくなる。
 拒絶されたのは、立場でも、身分でもない。
 ——彼自身の“未来”だった。

「……分かりました」

 しばらくの沈黙のあと、彼は小さく微笑んだ。

「今夜は、これ以上踏み込みません。ただ……覚えておいてください。
 あなたを想ったことだけは、後悔していません」

 キクコは、わずかに目を伏せた。

「……それで十分ですわ」

 短くそう答えると、彼女は一礼し、ゆっくりと人波の中へと戻っていく。

 深紅のドレスが光の中に溶け、やがて見えなくなるまで、ラファエルはその背中を見つめ続けていた。

(——届かなかった、か)

 だが同時に、彼は理解していた。
 あの拒絶が、彼女なりの誠実さであることを。

 舞踏会は華やかに続く。
 音楽は鳴り止まず、祝福の声は絶えない。

 けれどその夜、ひとりの皇子は静かに、大人になる痛みを知った。

 そしてキクコは、再び「見送る側」として、夜の灯りの中に身を置いていた。

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