永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる(オリジナルバージョン)

鷹 綾

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第3章‐1『勇者、帰還す』

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第3章‐1『勇者、帰還す』

 澄み渡る青空に、白い雲がゆるやかに流れていた。
 冬の名残を完全に追い払い、春の訪れを告げる柔らかな風が、イソファガス領の大地を優しく撫でていく。畑では芽吹いたばかりの作物が揺れ、街道沿いの木々も淡い緑を帯び始めていた。

 その街道を、一騎の馬が力強く駆けてくる。

 蹄の音は軽やかで、しかし迷いがない。
 長旅を終えた者特有の疲労をにじませながらも、騎手の背筋は真っ直ぐに伸びていた。

「……見えてきたな」

 青年は小さく呟き、前方にそびえるイソファガス家の城門を見上げる。
 風に揺れる金の髪が陽光を反射し、その表情には懐かしさと、確かな安堵が浮かんでいた。

「ただいま、母上——そして、この地に」

 馬を止めると、青年は軽やかに鞍から飛び降りる。
 長剣を背に負いながらも、その動作は洗練されており、戦場を幾度も駆け抜けた者の身体の使い方だった。

 その名はファイエル。
 かつては名もなき孤児。
 だが今や、人々の口から畏敬と共に語られる存在——『伝説の勇者』である。

 彼を拾い上げ、人として育て、剣を授け、そして「どう生きるか」を教えた者。
 それが、イソファガス家の令嬢、キクコ・イソファガスだった。

 城門が開かれ、屋敷の中庭へと足を踏み入れた瞬間、聞き慣れた気配を感じ取ったファイエルは、ぱっと顔を上げた。

「母上、帰りましたぞ」

 その声に応じるように、屋敷の廊下から小柄な少女が姿を現す。

 銀に近い淡い髪。
 年若く、華奢で、どこから見ても十七歳ほどの少女——だが、その瞳の奥に宿るものは、長い時を生きてきた者の静かな深みだった。

 キクコ・イソファガスは扇子を片手に、呆れたようにため息をつく。

「……何度も言ってるけど、“母上”はやめなさいってば」

「ええ? でも俺にとっては、やっぱり母上なんだが」

 悪びれもせずそう言うファイエルに、キクコはこめかみを軽く押さえる。

「あなた、今や勇者様でしょう。そんな立派な称号持ちが、少女相手に母親呼びなんて……」

「称号が何だっていいじゃないか。俺が誰に育てられたかは変わらない」

 そう言って笑うその表情は、戦場で見せる凛々しさとは違い、どこか幼い頃の面影を残していた。

「はぁ……もう、好きにしなさい」

 投げやりな口調とは裏腹に、キクコの声音には隠しきれない安堵と優しさがにじんでいた。
 無事に帰ってきた。それだけで、胸の奥に溜まっていた何かが静かにほどけていく。

 そのときだった。

「——わあっ!」

 中庭に、弾むような声が響く。

 屋敷の奥から駆けてきたのは、まだ幼さの残る少年だった。
 金色の髪を揺らし、目を輝かせながら、一直線にファイエルの前へと走り寄ってくる。

「あなたが……ファイエル様ですか!? 本物の勇者様!?」

 フロンティア・イソファガス。
 現領主の孫であり、将来の当主として育てられている十歳の少年だ。

「ああ、そうだよ」

 ファイエルは屈んで視線を合わせ、柔らかく笑った。

「君がフロンティアくんか。話には聞いている。元気そうで何よりだ」

「ほ、本当に……!」

 フロンティアは感極まったように拳を握りしめる。

「キクコが話してくれたんです! すごく強くて、誰よりも優しくて……でも本当にいるのかって思ってて……!」

 その言葉に、キクコがわざとらしく咳払いをした。

「ちょっと。私が言ったって、何を? 変な英雄譚を盛ってないでしょうね」

「ご安心を、母上」

 ファイエルは胸を張って言う。

「ちゃんと『キクコ様は優しくて最強』と伝えておきましたから」

「……だから“母上”はやめなさいってば」

 呆れつつも、キクコは扇子で口元を隠し、小さく笑った。

 フロンティアは、そのやりとりを目を輝かせながら見つめていた。
 伝説の勇者と、家族のように言葉を交わすキクコ。
 歴史の中の存在だと思っていた英雄が、こうして目の前で笑っている。

(……すごい。本当に、すごい世界だ)

 春の風が中庭を吹き抜ける。
 勇者の帰還は、イソファガス家にとって、そしてこの地にとって、新たな物語の始まりを告げていた。

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