13 / 25
第3章‐5『深紅の剣舞』
しおりを挟む
第3章‐5『深紅の剣舞』
イソファガス家の訓練場は、午後の光をたっぷりと浴びていた。
白砂が敷き詰められた広い空間は、本来であれば騎士たちの汗と剣戟で満たされる場所だが、この日はどこか張り詰めた静けさに包まれている。
その中心に立つのは、二人。
一人は、王国最強の剣士と謳われるジャン・リヒター。
もう一人は——深紅のドレスをまとった、小柄な少女。
キクコ・イソファガスは、華奢な体躯に似合わぬほど自然な所作で、木製の模擬剣を手にしていた。
ドレスは舞踏会用のものだというのに、裾は邪魔になるどころか、むしろ彼女の動きを引き立てるかのように整っている。
「準備は、いいかしら?」
穏やかな声だった。
だが、その一言に含まれる気配は、戦場を幾度も越えてきた者のそれだった。
「……はい。いつでもどうぞ、キクコ様」
ジャンは深く息を吸い、剣を構える。
真正面から、隙のない正統派の構え。教本通り、無駄のない姿勢だった。
少し離れた場所では、フロンティアが身を乗り出すようにして見守っている。
「……ごくり」
少年は無意識に唾を飲み込んだ。
——合図はなかった。
だが、次の瞬間には試合は始まっていた。
ジャンの剣が、風を切って真っ直ぐに振り下ろされる。
速く、重く、正確な一撃。
しかし——
キクコは、それを「避けた」というより、「そこにいなかった」。
ほんの半歩、わずかに体をずらしただけで、剣先は虚空を斬る。
続く横薙ぎも、突きも、すべてが同じだった。
彼女は跳ねず、踏み込まず、力まず。
必要最小限の動きだけで、すべてをかわし、受け流す。
深紅のドレスの裾が、ひらり、と宙を舞う。
まるで舞踏の一幕のような、美しい動き。
「な……っ……!」
ジャンの喉から、思わず声が漏れた。
「なんという……動き……!」
目で追っているはずなのに、剣が届かない。
間合いを詰めれば、そこにはもういない。
それでもジャンは諦めなかった。
歯を食いしばり、踏み込み、連撃を繰り出す。
——だが。
キクコの呼吸は一切乱れない。
表情も変わらない。
そして、次の瞬間。
カンッ——と、乾いた音が響いた。
キクコの模擬剣が、まるで戯れのようにジャンの剣を叩き、弾き飛ばしたのだ。
木剣は空を舞い、白砂の上に転がる。
「……これで、終わりかしら?」
キクコは剣を下ろし、静かに問いかけた。
ジャンは、その場に膝をついた。
悔しさに顔を歪めながらも、はっきりと頭を下げる。
「……完敗です」
かすれた声で、しかし逃げずに告げる。
「キクコ様は……やはり、お強い」
「そんなことはないわ」
キクコはくすっと微笑んだ。
「これでも、随分と抑えたつもりなのよ? 剣術だけが強さじゃないもの」
「……っ」
ジャンは何も言えなかった。
その言葉が、言い訳も誤魔化しも許さない“真実”だと、理解していたからだ。
キクコは剣を下ろすと、フロンティアの前に歩み寄り、しゃがみ込んだ。
「フロンティア」
「は、はい!」
「強くなるには、心も必要よ」
少年の頭に、優しく手を置く。
「剣だけじゃダメ。技だけでもダメ。守りたいものを理解すること、それが一番大事なの」
「……うん!」
フロンティアは、力強くうなずいた。
その光景を、ジャンはじっと見つめていた。
(……この方を守るには)
胸の奥で、静かな決意が芽生える。
(もっと……もっと強くならねばならない)
試合が終わった庭園には、まだ興奮の余韻が残っていた。
遠巻きに見ていた騎士たちや侍女たちは、言葉を失い、ただ息を呑む。
やがて——
誰かが、そっと拍手を送った。
それは、勝敗を称える拍手ではない。
“格の違い”を目の当たりにした者たちの、畏敬と感嘆の音だった。
深紅のドレスの少女は、剣を持ったまま、何事もなかったかのように微笑んでいた。
——永遠の十七歳は、今日も変わらず、圧倒的だった。
---
この流れなら、次は自然に:
3-6:ジャンの修行宣言/忠誠の深化
3-6:フロンティア、目標を定める
3-6:ファイエルが見た“母の背中”
どれを続けますか?
イソファガス家の訓練場は、午後の光をたっぷりと浴びていた。
白砂が敷き詰められた広い空間は、本来であれば騎士たちの汗と剣戟で満たされる場所だが、この日はどこか張り詰めた静けさに包まれている。
その中心に立つのは、二人。
一人は、王国最強の剣士と謳われるジャン・リヒター。
もう一人は——深紅のドレスをまとった、小柄な少女。
キクコ・イソファガスは、華奢な体躯に似合わぬほど自然な所作で、木製の模擬剣を手にしていた。
ドレスは舞踏会用のものだというのに、裾は邪魔になるどころか、むしろ彼女の動きを引き立てるかのように整っている。
「準備は、いいかしら?」
穏やかな声だった。
だが、その一言に含まれる気配は、戦場を幾度も越えてきた者のそれだった。
「……はい。いつでもどうぞ、キクコ様」
ジャンは深く息を吸い、剣を構える。
真正面から、隙のない正統派の構え。教本通り、無駄のない姿勢だった。
少し離れた場所では、フロンティアが身を乗り出すようにして見守っている。
「……ごくり」
少年は無意識に唾を飲み込んだ。
——合図はなかった。
だが、次の瞬間には試合は始まっていた。
ジャンの剣が、風を切って真っ直ぐに振り下ろされる。
速く、重く、正確な一撃。
しかし——
キクコは、それを「避けた」というより、「そこにいなかった」。
ほんの半歩、わずかに体をずらしただけで、剣先は虚空を斬る。
続く横薙ぎも、突きも、すべてが同じだった。
彼女は跳ねず、踏み込まず、力まず。
必要最小限の動きだけで、すべてをかわし、受け流す。
深紅のドレスの裾が、ひらり、と宙を舞う。
まるで舞踏の一幕のような、美しい動き。
「な……っ……!」
ジャンの喉から、思わず声が漏れた。
「なんという……動き……!」
目で追っているはずなのに、剣が届かない。
間合いを詰めれば、そこにはもういない。
それでもジャンは諦めなかった。
歯を食いしばり、踏み込み、連撃を繰り出す。
——だが。
キクコの呼吸は一切乱れない。
表情も変わらない。
そして、次の瞬間。
カンッ——と、乾いた音が響いた。
キクコの模擬剣が、まるで戯れのようにジャンの剣を叩き、弾き飛ばしたのだ。
木剣は空を舞い、白砂の上に転がる。
「……これで、終わりかしら?」
キクコは剣を下ろし、静かに問いかけた。
ジャンは、その場に膝をついた。
悔しさに顔を歪めながらも、はっきりと頭を下げる。
「……完敗です」
かすれた声で、しかし逃げずに告げる。
「キクコ様は……やはり、お強い」
「そんなことはないわ」
キクコはくすっと微笑んだ。
「これでも、随分と抑えたつもりなのよ? 剣術だけが強さじゃないもの」
「……っ」
ジャンは何も言えなかった。
その言葉が、言い訳も誤魔化しも許さない“真実”だと、理解していたからだ。
キクコは剣を下ろすと、フロンティアの前に歩み寄り、しゃがみ込んだ。
「フロンティア」
「は、はい!」
「強くなるには、心も必要よ」
少年の頭に、優しく手を置く。
「剣だけじゃダメ。技だけでもダメ。守りたいものを理解すること、それが一番大事なの」
「……うん!」
フロンティアは、力強くうなずいた。
その光景を、ジャンはじっと見つめていた。
(……この方を守るには)
胸の奥で、静かな決意が芽生える。
(もっと……もっと強くならねばならない)
試合が終わった庭園には、まだ興奮の余韻が残っていた。
遠巻きに見ていた騎士たちや侍女たちは、言葉を失い、ただ息を呑む。
やがて——
誰かが、そっと拍手を送った。
それは、勝敗を称える拍手ではない。
“格の違い”を目の当たりにした者たちの、畏敬と感嘆の音だった。
深紅のドレスの少女は、剣を持ったまま、何事もなかったかのように微笑んでいた。
——永遠の十七歳は、今日も変わらず、圧倒的だった。
---
この流れなら、次は自然に:
3-6:ジャンの修行宣言/忠誠の深化
3-6:フロンティア、目標を定める
3-6:ファイエルが見た“母の背中”
どれを続けますか?
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる