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第3章‐6『勇者と母、そして試練』
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第3章‐6『勇者と母、そして試練』
試合の余韻がまだ訓練場に残る中、しんと張り詰めた空気を破るように、ひとりの青年が一歩前へと踏み出した。
ファイエルだった。
彼は軽く剣を持ち上げ、構えというほどでもない自然な姿勢を取りながら、穏やかな声で口を開く。
「母上……いえ、キクコ」
呼び方を言い直し、少しだけ照れたように微笑む。
「久しぶりに、私ともお手合わせを願えますか?」
「……ファイエル」
キクコは一瞬だけ目を細め、呆れたように小さく息を吐いた。
「あなたまで、何を言い出すの?」
その声には苦笑が混じっていたが、叱責の色はない。むしろ、どこか懐かしさすら滲んでいる。
「純粋に、稽古をつけてほしいだけです」
ファイエルは真っ直ぐに彼女を見つめ、続けた。
「……ジャン殿との試合を拝見して、改めて思いました。今の私が、どれほど成長できたのか。それを、母上に——あなたに確かめていただきたいのです」
キクコは、その言葉を受けて一瞬だけ目を閉じた。
そして、深く息を吐き、静かにうなずく。
「……わかったわ」
だが、すぐに付け加える。
「ただし、このままじゃやらない。着替えてくるから、少し待ってなさい」
その言葉に、ファイエルの表情が一気に明るくなった。
「もちろんです。いくらでも待ちます」
彼は深くうなずくと、剣を地面に突き立て、その場で静かに待機の姿勢を取った。
その姿は、かつての孤児ではなく、確かに“勇者”の風格を備えていた。
◆ ◆ ◆
数分後。
庭園の奥から、軽やかな足音が近づいてくる。
再び姿を現したキクコは、先ほどまでのドレス姿とは打って変わり、赤を基調とした動きやすいズボンスタイルに身を包んでいた。
袖や腰回りには最低限の装飾が施されているが、すべてが実戦を想定したものだ。
美しさと機能性を両立させた、彼女らしい装いだった。
「お待たせ」
そう言って歩み寄りながら、フロンティアにちらりと視線を向ける。
「フロンティア。これから行う試合は……参考にはならないから、見たらすぐに忘れなさい」
「へ? なにそれ?」
戸惑う少年に、キクコはただ意味深に微笑み返す。
そして、ファイエルと向き合った。
「ルールは?」
「いつも通りです」
ファイエルは即答する。
「剣技と体術のみ。周囲に被害が出ない範囲でお願いします」
「了解」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに——
ファイエルが動いた。
一瞬の隙を突き、背後へ回り込み、容赦なく斬りかかる。
「勇者様! 卑怯だぞ!」
フロンティアが思わず叫ぶ。
だが、キクコは振り向きざまに鋭くバックステップし、剣を受け止めながら冷静に言い放つ。
「戦いに卑怯なんてないわ。油断する方が悪いのよ」
「まさに、その通りです」
ファイエルは笑みを浮かべながら、攻撃を畳みかける。
剣と剣がぶつかり合い、乾いた音が何度も響く。
だが戦いは、それだけにとどまらなかった。
キクコは剣を使いながら、足技、体術を交え、ファイエルの攻撃を受け止め、流し、反撃する。
互いの距離はめまぐるしく変わり、一瞬の判断が勝敗を左右する。
「うわっ……なんだ、この戦い方……!」
フロンティアは目を見開き、隣のジャンも言葉を失っていた。
二人の戦いは、もはや剣技の域を超えていた。
格闘技、投げ技、間合いの奪い合い——すべてが流れるようにつながっている。
キクコは地面に剣を突き立て、それを支点に体を反転させ、足でファイエルの手を蹴り上げる。
落ちた剣を一瞬で拾い上げ、即座に構え直す。
そこに、無駄な動きは一切なかった。
「これが……キクコ様の、本気……!」
長い攻防の末。
ついに、ファイエルの剣先が、キクコの喉元へと静かに突きつけられた。
「……俺の勝ちで、いいのかな?」
問いかける声は慎重で、決して驕りはない。
キクコは、静かにうなずいた。
「ええ。見事だったわ」
穏やかな声で告げる。
「体力も、腕力も……もう私じゃ勝てない」
ファイエルは剣を引き、深く礼をした。
「ありがとうございます」
そして、真剣な表情で続ける。
「ですが、戦術や判断力……本気の貴女には、まだ到底及びません」
「そうね」
キクコは微笑み、肩をすくめる。
「全力の魔法や剣技を解禁していたら、また結果は違ったでしょうね」
そのやりとりを見ていたフロンティアが、我慢できずに駆け寄ってくる。
「すごいよ、キクコ! でも勇者様も、すっごくかっこよかった!」
「どっちも、本当にすごかったです!」と、ジャンも続いた。
「ふふ、ありがとう」
キクコは柔らかく笑いながら言う。
「でも……真似しちゃダメよ?」
「わかってるよ!」
そう言いながらも、目をきらきらと輝かせるフロンティアに、キクコは小さくため息をついた。
(……もう少し落ち着いてくれれば、安心なんだけどね)
そんな本音を胸にしまい、彼女は空を見上げる。
夕陽が傾き、やがて夜の帳が、ゆっくりと降り始めていた。
——そして翌朝。
朝の光が中庭に差し込み、涼やかな風がイソファガス邸を包み込む。
澄み渡る青空の下、荷馬車の前で、ひとりの青年が荷を積み終え、静かな微笑を浮かべていた。
物語は、また次の局面へと進み始めていた。
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試合の余韻がまだ訓練場に残る中、しんと張り詰めた空気を破るように、ひとりの青年が一歩前へと踏み出した。
ファイエルだった。
彼は軽く剣を持ち上げ、構えというほどでもない自然な姿勢を取りながら、穏やかな声で口を開く。
「母上……いえ、キクコ」
呼び方を言い直し、少しだけ照れたように微笑む。
「久しぶりに、私ともお手合わせを願えますか?」
「……ファイエル」
キクコは一瞬だけ目を細め、呆れたように小さく息を吐いた。
「あなたまで、何を言い出すの?」
その声には苦笑が混じっていたが、叱責の色はない。むしろ、どこか懐かしさすら滲んでいる。
「純粋に、稽古をつけてほしいだけです」
ファイエルは真っ直ぐに彼女を見つめ、続けた。
「……ジャン殿との試合を拝見して、改めて思いました。今の私が、どれほど成長できたのか。それを、母上に——あなたに確かめていただきたいのです」
キクコは、その言葉を受けて一瞬だけ目を閉じた。
そして、深く息を吐き、静かにうなずく。
「……わかったわ」
だが、すぐに付け加える。
「ただし、このままじゃやらない。着替えてくるから、少し待ってなさい」
その言葉に、ファイエルの表情が一気に明るくなった。
「もちろんです。いくらでも待ちます」
彼は深くうなずくと、剣を地面に突き立て、その場で静かに待機の姿勢を取った。
その姿は、かつての孤児ではなく、確かに“勇者”の風格を備えていた。
◆ ◆ ◆
数分後。
庭園の奥から、軽やかな足音が近づいてくる。
再び姿を現したキクコは、先ほどまでのドレス姿とは打って変わり、赤を基調とした動きやすいズボンスタイルに身を包んでいた。
袖や腰回りには最低限の装飾が施されているが、すべてが実戦を想定したものだ。
美しさと機能性を両立させた、彼女らしい装いだった。
「お待たせ」
そう言って歩み寄りながら、フロンティアにちらりと視線を向ける。
「フロンティア。これから行う試合は……参考にはならないから、見たらすぐに忘れなさい」
「へ? なにそれ?」
戸惑う少年に、キクコはただ意味深に微笑み返す。
そして、ファイエルと向き合った。
「ルールは?」
「いつも通りです」
ファイエルは即答する。
「剣技と体術のみ。周囲に被害が出ない範囲でお願いします」
「了解」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに——
ファイエルが動いた。
一瞬の隙を突き、背後へ回り込み、容赦なく斬りかかる。
「勇者様! 卑怯だぞ!」
フロンティアが思わず叫ぶ。
だが、キクコは振り向きざまに鋭くバックステップし、剣を受け止めながら冷静に言い放つ。
「戦いに卑怯なんてないわ。油断する方が悪いのよ」
「まさに、その通りです」
ファイエルは笑みを浮かべながら、攻撃を畳みかける。
剣と剣がぶつかり合い、乾いた音が何度も響く。
だが戦いは、それだけにとどまらなかった。
キクコは剣を使いながら、足技、体術を交え、ファイエルの攻撃を受け止め、流し、反撃する。
互いの距離はめまぐるしく変わり、一瞬の判断が勝敗を左右する。
「うわっ……なんだ、この戦い方……!」
フロンティアは目を見開き、隣のジャンも言葉を失っていた。
二人の戦いは、もはや剣技の域を超えていた。
格闘技、投げ技、間合いの奪い合い——すべてが流れるようにつながっている。
キクコは地面に剣を突き立て、それを支点に体を反転させ、足でファイエルの手を蹴り上げる。
落ちた剣を一瞬で拾い上げ、即座に構え直す。
そこに、無駄な動きは一切なかった。
「これが……キクコ様の、本気……!」
長い攻防の末。
ついに、ファイエルの剣先が、キクコの喉元へと静かに突きつけられた。
「……俺の勝ちで、いいのかな?」
問いかける声は慎重で、決して驕りはない。
キクコは、静かにうなずいた。
「ええ。見事だったわ」
穏やかな声で告げる。
「体力も、腕力も……もう私じゃ勝てない」
ファイエルは剣を引き、深く礼をした。
「ありがとうございます」
そして、真剣な表情で続ける。
「ですが、戦術や判断力……本気の貴女には、まだ到底及びません」
「そうね」
キクコは微笑み、肩をすくめる。
「全力の魔法や剣技を解禁していたら、また結果は違ったでしょうね」
そのやりとりを見ていたフロンティアが、我慢できずに駆け寄ってくる。
「すごいよ、キクコ! でも勇者様も、すっごくかっこよかった!」
「どっちも、本当にすごかったです!」と、ジャンも続いた。
「ふふ、ありがとう」
キクコは柔らかく笑いながら言う。
「でも……真似しちゃダメよ?」
「わかってるよ!」
そう言いながらも、目をきらきらと輝かせるフロンティアに、キクコは小さくため息をついた。
(……もう少し落ち着いてくれれば、安心なんだけどね)
そんな本音を胸にしまい、彼女は空を見上げる。
夕陽が傾き、やがて夜の帳が、ゆっくりと降り始めていた。
——そして翌朝。
朝の光が中庭に差し込み、涼やかな風がイソファガス邸を包み込む。
澄み渡る青空の下、荷馬車の前で、ひとりの青年が荷を積み終え、静かな微笑を浮かべていた。
物語は、また次の局面へと進み始めていた。
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