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第6話 王太子は、何も失っていないつもりだった
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第6話 王太子は、何も失っていないつもりだった
王城の執務室は、異様な静けさに包まれていた。
ケーニグセグ王太子は、机の前に立ったまま、動かなかった。
否――動けなかった。
舞踏会の夜から、三日。
たった三日だというのに、世界が一変していた。
(……馬鹿な)
奥歯を噛みしめ、心の中で毒づく。
あの夜。
仮面の騎士が現れ、ビアンキーナを攫った瞬間。
自分が動けなかった理由を、ケーニグセグは何度も反芻していた。
突然の事態。
混乱。
警備の不備。
――言い訳はいくらでも思いつく。
だが、現実は容赦なかった。
「……殿下」
側近の一人が、恐る恐る声をかける。
「各方面から、問い合わせが相次いでおります」
「放っておけ」
短く言い捨てる。
「そのうち、沈静化する」
そう思っていた。
いや、そう信じたかった。
婚約は、まだ破棄していない。
対外的には、ビアンキーナは依然として“王太子の婚約者”。
ならば、攫われたのは――事故だ。
不測の事態だ。
(……そうだ。問題は、攫った奴の方だ)
ケーニグセグは、机に拳を打ち付けた。
「私が悪いわけがない……!」
だが、その言葉は、執務室の壁に吸い込まれるだけだった。
数時間後、謁見の間。
集められたのは、王族、重臣、そして――他国からの使者。
場の空気は、重い。
「王太子殿下」
最初に口を開いたのは、年配の大臣だった。
「婚約者であるアヴェンタドール公爵令嬢が、
公衆の面前で攫われた件について、
殿下はどのように説明なさるおつもりですか」
「……説明?」
ケーニグセグは、眉をひそめた。
「不慮の事態だ。
警備の不手際であり、すでに調査は進めている」
言い終えた瞬間、
空気が一段、冷えた。
「殿下」
別の重臣が、静かに続ける。
「問題は、そこではございません」
「……何が言いたい」
「攫われたのは、殿下の婚約者でございます」
その一言が、胸に突き刺さる。
「殿下は、その場で――
彼女を助けようとなさいましたか?」
ケーニグセグは、言葉に詰まった。
(……当然だろう)
そう言い返したかった。
だが、舞踏会の光景が脳裏に蘇る。
悲鳴。
視線。
そして、自分の口から零れた言葉。
――あの、くそ女。
喉が、ひりつく。
「……混乱していた」
絞り出すように答える。
「状況を把握する必要があった」
その言葉に、誰も頷かなかった。
むしろ。
「殿下」
他国の使者が、淡々と言った。
「貴国では、婚約者が危機に陥っても、
守る義務は存在しないのですか?」
「なっ……!」
「我が国では考えられません」
続く声。
冷たい視線。
「守れぬ婚約者を持つ王太子」
「そのような方が、将来の国王となるのですか?」
ざわり、と場が揺れる。
ケーニグセグは、初めて理解した。
(……評価されているのは、私だ)
攫われたのは、ビアンキーナ。
だが、裁かれているのは、自分。
さらに追い打ちがかかる。
「そもそも――」
大臣の一人が、躊躇いがちに口を開く。
「殿下は、あの場で婚約破棄を宣言なさろうとしていた、
という噂もございますが……」
「違う!」
思わず声を荒げる。
「私は、まだ何も――」
言いかけて、言葉を失う。
“まだ”?
では、いずれは。
沈黙が、答えだった。
「……つまり」
別の重臣が、静かにまとめる。
「婚約破棄を考えていた相手を、
目の前で攫われ、
しかも助けようとしなかった」
その言葉は、淡々としているのに、容赦がなかった。
「殿下」
年配の大臣が、深く息を吐く。
「この件は、すでに国内外で
“王太子の無能”として語られております」
頭が、真っ白になる。
(……そんなはずはない)
自分は王太子だ。
選ぶ側の人間だ。
婚約者を変えることなど、珍しくもない。
だが。
「……アヴェンタドール公爵家から、
正式な抗議文が届いております」
その一言で、足元が崩れた。
公爵家。
ビアンキーナの実家。
彼らは、黙っていなかった。
「殿下が、娘を守らなかったこと」
「さらに、侮辱的な発言をしたとの証言」
重臣は、はっきりと告げた。
「もはや、
“被害者は公爵令嬢だけではない”
そう見られております」
会議は、重苦しい空気のまま終わった。
執務室に戻ったケーニグセグは、椅子に崩れ落ちる。
「……馬鹿な」
自分は、何もしていないだけだ。
悪いことなど、何一つしていない。
それなのに。
(……なぜ、こんなことに)
その答えを、
彼はまだ、理解していなかった。
王城の執務室は、異様な静けさに包まれていた。
ケーニグセグ王太子は、机の前に立ったまま、動かなかった。
否――動けなかった。
舞踏会の夜から、三日。
たった三日だというのに、世界が一変していた。
(……馬鹿な)
奥歯を噛みしめ、心の中で毒づく。
あの夜。
仮面の騎士が現れ、ビアンキーナを攫った瞬間。
自分が動けなかった理由を、ケーニグセグは何度も反芻していた。
突然の事態。
混乱。
警備の不備。
――言い訳はいくらでも思いつく。
だが、現実は容赦なかった。
「……殿下」
側近の一人が、恐る恐る声をかける。
「各方面から、問い合わせが相次いでおります」
「放っておけ」
短く言い捨てる。
「そのうち、沈静化する」
そう思っていた。
いや、そう信じたかった。
婚約は、まだ破棄していない。
対外的には、ビアンキーナは依然として“王太子の婚約者”。
ならば、攫われたのは――事故だ。
不測の事態だ。
(……そうだ。問題は、攫った奴の方だ)
ケーニグセグは、机に拳を打ち付けた。
「私が悪いわけがない……!」
だが、その言葉は、執務室の壁に吸い込まれるだけだった。
数時間後、謁見の間。
集められたのは、王族、重臣、そして――他国からの使者。
場の空気は、重い。
「王太子殿下」
最初に口を開いたのは、年配の大臣だった。
「婚約者であるアヴェンタドール公爵令嬢が、
公衆の面前で攫われた件について、
殿下はどのように説明なさるおつもりですか」
「……説明?」
ケーニグセグは、眉をひそめた。
「不慮の事態だ。
警備の不手際であり、すでに調査は進めている」
言い終えた瞬間、
空気が一段、冷えた。
「殿下」
別の重臣が、静かに続ける。
「問題は、そこではございません」
「……何が言いたい」
「攫われたのは、殿下の婚約者でございます」
その一言が、胸に突き刺さる。
「殿下は、その場で――
彼女を助けようとなさいましたか?」
ケーニグセグは、言葉に詰まった。
(……当然だろう)
そう言い返したかった。
だが、舞踏会の光景が脳裏に蘇る。
悲鳴。
視線。
そして、自分の口から零れた言葉。
――あの、くそ女。
喉が、ひりつく。
「……混乱していた」
絞り出すように答える。
「状況を把握する必要があった」
その言葉に、誰も頷かなかった。
むしろ。
「殿下」
他国の使者が、淡々と言った。
「貴国では、婚約者が危機に陥っても、
守る義務は存在しないのですか?」
「なっ……!」
「我が国では考えられません」
続く声。
冷たい視線。
「守れぬ婚約者を持つ王太子」
「そのような方が、将来の国王となるのですか?」
ざわり、と場が揺れる。
ケーニグセグは、初めて理解した。
(……評価されているのは、私だ)
攫われたのは、ビアンキーナ。
だが、裁かれているのは、自分。
さらに追い打ちがかかる。
「そもそも――」
大臣の一人が、躊躇いがちに口を開く。
「殿下は、あの場で婚約破棄を宣言なさろうとしていた、
という噂もございますが……」
「違う!」
思わず声を荒げる。
「私は、まだ何も――」
言いかけて、言葉を失う。
“まだ”?
では、いずれは。
沈黙が、答えだった。
「……つまり」
別の重臣が、静かにまとめる。
「婚約破棄を考えていた相手を、
目の前で攫われ、
しかも助けようとしなかった」
その言葉は、淡々としているのに、容赦がなかった。
「殿下」
年配の大臣が、深く息を吐く。
「この件は、すでに国内外で
“王太子の無能”として語られております」
頭が、真っ白になる。
(……そんなはずはない)
自分は王太子だ。
選ぶ側の人間だ。
婚約者を変えることなど、珍しくもない。
だが。
「……アヴェンタドール公爵家から、
正式な抗議文が届いております」
その一言で、足元が崩れた。
公爵家。
ビアンキーナの実家。
彼らは、黙っていなかった。
「殿下が、娘を守らなかったこと」
「さらに、侮辱的な発言をしたとの証言」
重臣は、はっきりと告げた。
「もはや、
“被害者は公爵令嬢だけではない”
そう見られております」
会議は、重苦しい空気のまま終わった。
執務室に戻ったケーニグセグは、椅子に崩れ落ちる。
「……馬鹿な」
自分は、何もしていないだけだ。
悪いことなど、何一つしていない。
それなのに。
(……なぜ、こんなことに)
その答えを、
彼はまだ、理解していなかった。
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