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第7話 評価を取り戻すための、最悪の一手
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第7話 評価を取り戻すための、最悪の一手
ケーニグセグ王太子は、自室の窓辺に立ち、王城の庭を見下ろしていた。
かつてなら、この景色は彼にとって誇りだった。
自分は、この国の未来を担う存在だ。
選ばれる側ではなく、選ぶ側。
――そう、信じて疑わなかった。
(……落ち着け)
舞踏会の夜から、評判は地に落ちた。
だが、それは一時的なものだ。
そうでなければならない。
机の上には、側近がまとめた報告書が積まれている。
他国の反応、貴族たちの噂、国内の空気。
どれも、読みたい内容ではなかった。
「……守らなかった、だと?」
紙を掴む指に、力がこもる。
「私は何もできなかっただけだ。
それを、無能だの腰抜けだの……」
吐き捨てるように呟く。
理解できなかった。
攫われたのは、ビアンキーナだ。
被害者は、彼女のはずだ。
それなのに――
なぜ、自分が責められる。
(……いや)
ケーニグセグは、ふと気づく。
(皆が見ているのは、“結果”だ)
婚約者を守れなかった王太子。
それが、事実として残っている。
(ならば、結果を上書きすればいい)
思考が、ようやく一つの結論に辿り着く。
――新しい婚約者を迎える。
それも、分かりやすく。
誰の目にも「相応しい」と映る相手を。
「……そうだ」
声が、少し明るくなった。
「婚約者がいれば、
私は“守る立場”に戻れる」
側近を呼ぶ。
「候補を挙げろ」
「……殿下?」
「身分、家柄、外聞。
問題のない令嬢だ」
側近は、一瞬言葉に詰まったが、やがて慎重に答える。
「……今は、時期が――」
「構わん」
ケーニグセグは、苛立ちを隠さなかった。
「いつまでも、過去に縛られるわけにはいかない」
その言葉に、側近は反論できなかった。
数日後。
王城の一室で、静かな茶会が開かれていた。
招かれたのは、数名の貴族令嬢。
その中に、一人、特に目立つ存在がいた。
ルイーゼ・ハルヴァン。
伯爵家の令嬢で、穏やかで従順、社交界でも“扱いやすい”と評される少女だ。
(……悪くない)
ケーニグセグは、彼女を観察しながら考える。
ビアンキーナのように、強い家柄でもない。
意見を述べることも少ない。
自分にとって、都合がいい。
「ルイーゼ嬢」
声をかけると、彼女は少し驚いたように顔を上げ、すぐに微笑んだ。
「は、はい。殿下」
「最近の出来事で、不安に思っている者も多いだろう」
遠回しな前置き。
「だが、私は前を向くつもりだ」
ルイーゼは、何も分からないまま、ただ頷いている。
「……殿下」
彼女は、おずおずと口を開いた。
「失礼ですが……
アヴェンタドール公爵令嬢の件は……」
その名前を出された瞬間、ケーニグセグの表情が硬くなる。
「過去の話だ」
即答だった。
「彼女は、もうここにはいない」
それ以上、説明するつもりはないという態度。
ルイーゼは、少し困ったように微笑んだ。
「……そう、なのですね」
その反応を見て、ケーニグセグは内心で満足する。
(扱いやすい)
数日後。
王城内で、噂が流れ始めた。
――王太子、新たな婚約者を迎える準備か。
それを聞いた貴族たちの反応は、冷ややかだった。
「早すぎない?」
「反省しているようには見えないわね」
「また守らないんじゃない?」
その声は、ルイーゼの耳にも届いていた。
彼女は、自室で一人、考え込む。
(……本当に、いいのかしら)
王太子は、確かに高貴で、魅力的だ。
だが――。
舞踏会での噂。
婚約者を守らなかった話。
助けを求めた女性を罵ったという証言。
(……私だったら)
その立場に立った自分を、想像してしまう。
もし、自分が危機に陥ったら。
この人は――守ってくれるのだろうか。
答えは、出なかった。
一方、ケーニグセグは、自分の判断を疑っていなかった。
(これでいい)
新しい婚約。
新しい始まり。
そうやって、評価は戻る。
――戻るはずだ。
だが、彼はまだ知らない。
この選択が、
最後の希望を、自分で踏み潰す一手
だということを。
ケーニグセグ王太子は、自室の窓辺に立ち、王城の庭を見下ろしていた。
かつてなら、この景色は彼にとって誇りだった。
自分は、この国の未来を担う存在だ。
選ばれる側ではなく、選ぶ側。
――そう、信じて疑わなかった。
(……落ち着け)
舞踏会の夜から、評判は地に落ちた。
だが、それは一時的なものだ。
そうでなければならない。
机の上には、側近がまとめた報告書が積まれている。
他国の反応、貴族たちの噂、国内の空気。
どれも、読みたい内容ではなかった。
「……守らなかった、だと?」
紙を掴む指に、力がこもる。
「私は何もできなかっただけだ。
それを、無能だの腰抜けだの……」
吐き捨てるように呟く。
理解できなかった。
攫われたのは、ビアンキーナだ。
被害者は、彼女のはずだ。
それなのに――
なぜ、自分が責められる。
(……いや)
ケーニグセグは、ふと気づく。
(皆が見ているのは、“結果”だ)
婚約者を守れなかった王太子。
それが、事実として残っている。
(ならば、結果を上書きすればいい)
思考が、ようやく一つの結論に辿り着く。
――新しい婚約者を迎える。
それも、分かりやすく。
誰の目にも「相応しい」と映る相手を。
「……そうだ」
声が、少し明るくなった。
「婚約者がいれば、
私は“守る立場”に戻れる」
側近を呼ぶ。
「候補を挙げろ」
「……殿下?」
「身分、家柄、外聞。
問題のない令嬢だ」
側近は、一瞬言葉に詰まったが、やがて慎重に答える。
「……今は、時期が――」
「構わん」
ケーニグセグは、苛立ちを隠さなかった。
「いつまでも、過去に縛られるわけにはいかない」
その言葉に、側近は反論できなかった。
数日後。
王城の一室で、静かな茶会が開かれていた。
招かれたのは、数名の貴族令嬢。
その中に、一人、特に目立つ存在がいた。
ルイーゼ・ハルヴァン。
伯爵家の令嬢で、穏やかで従順、社交界でも“扱いやすい”と評される少女だ。
(……悪くない)
ケーニグセグは、彼女を観察しながら考える。
ビアンキーナのように、強い家柄でもない。
意見を述べることも少ない。
自分にとって、都合がいい。
「ルイーゼ嬢」
声をかけると、彼女は少し驚いたように顔を上げ、すぐに微笑んだ。
「は、はい。殿下」
「最近の出来事で、不安に思っている者も多いだろう」
遠回しな前置き。
「だが、私は前を向くつもりだ」
ルイーゼは、何も分からないまま、ただ頷いている。
「……殿下」
彼女は、おずおずと口を開いた。
「失礼ですが……
アヴェンタドール公爵令嬢の件は……」
その名前を出された瞬間、ケーニグセグの表情が硬くなる。
「過去の話だ」
即答だった。
「彼女は、もうここにはいない」
それ以上、説明するつもりはないという態度。
ルイーゼは、少し困ったように微笑んだ。
「……そう、なのですね」
その反応を見て、ケーニグセグは内心で満足する。
(扱いやすい)
数日後。
王城内で、噂が流れ始めた。
――王太子、新たな婚約者を迎える準備か。
それを聞いた貴族たちの反応は、冷ややかだった。
「早すぎない?」
「反省しているようには見えないわね」
「また守らないんじゃない?」
その声は、ルイーゼの耳にも届いていた。
彼女は、自室で一人、考え込む。
(……本当に、いいのかしら)
王太子は、確かに高貴で、魅力的だ。
だが――。
舞踏会での噂。
婚約者を守らなかった話。
助けを求めた女性を罵ったという証言。
(……私だったら)
その立場に立った自分を、想像してしまう。
もし、自分が危機に陥ったら。
この人は――守ってくれるのだろうか。
答えは、出なかった。
一方、ケーニグセグは、自分の判断を疑っていなかった。
(これでいい)
新しい婚約。
新しい始まり。
そうやって、評価は戻る。
――戻るはずだ。
だが、彼はまだ知らない。
この選択が、
最後の希望を、自分で踏み潰す一手
だということを。
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