婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾

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第24話 動かぬ証拠は、沈黙を選ばない

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第24話 動かぬ証拠は、沈黙を選ばない

 証拠は、派手に現れない。

 それは、
 揃いすぎた偶然として姿を見せる。

 私は、港湾都市から届いた日報に目を通していた。
 使節団の視察行程――公式日程と、非公式な移動。

(……時刻が、合っている)

 非公式の訪問が行われたとされる時間帯。
 その直前と直後に、
 帝国内の同一商会から発注が集中している。

(……しかも、
 発注書の形式が古い)

 帝国では、
 半年前に様式が改訂されている。

 にもかかわらず、
 使われているのは旧様式。

(……内部の人間が、
 “慣れた書式”を使った)

 女官長を呼ぶ。

「この発注書、
 誰が起案しましたか」

「……第三係です」

 静かな声。

(……やはり)

 だが、
 まだ足りない。

 私は、別の資料を取り出す。

 ――港湾都市の宿泊台帳。

 使節団の副代表。
 名目上は、二泊。

 だが、
 一泊分の記録が、二重になっている。

(……名前を変えている)

 同じ筆跡。
 同じ署名の癖。

 偶然ではない。

 私は、資料を並べ、
 一枚一枚、確認する。

(……時刻、署名、書式)

 点が、線になる。

 そして――
 線が、重なる。

 私は、深く息を吐いた。

(……揃った)

 皇帝の執務室。

 私は、余計な言葉を添えなかった。

「内部協力者が、
 特定できました」

 皇帝は、
 資料を一枚ずつ確認する。

 沈黙が、長い。

 やがて、低く言った。

「……逃げ場は?」

「ありません」

 即答だった。

「第三係の起案文書、
 港湾都市の台帳、
 使節団の移動記録」

「時刻と署名が、
 完全に一致しています」

 皇帝は、
 机に指を置いた。

「名は?」

「ローデン伯爵の、
 直轄補佐官です」

 空気が、凍る。

「伯爵本人は?」

「関与を示す直接証拠はありません」

 正確に伝える。

「ただし、
 “知らなかった”とは
 言えない位置関係です」

 皇帝は、
 しばらく考えた。

「……南方連合は?」

「副代表が、
 直接接触しています」

「だが、
 契約文書は存在しません」

「よくやったな」

 皇帝の声は、
 感情を含まない。

「だからこそ、
 否定できる余地を残した」

「はい」

 皇帝は、静かに立ち上がる。

「では、
 公式の場を用意しよう」

「“説明の機会”を」

 それは、
 処刑台ではない。

 自白台だ。

 翌日。

 小規模な調査会が、
 非公開で開かれた。

 対象は、
 第三係の補佐官。

 立場は、
 “事情聴取”。

 私は、同席したが、
 前には出ない。

 記録官が、
 淡々と問いを重ねる。

「この発注書を、
 起案したのは、あなたですか」

「……はい」

「なぜ、
 旧様式を使いましたか」

「慣れていたので」

 それだけ。

 だが、
 次の質問で、
 空気が変わった。

「この署名の時刻、
 あなたは、
 どこにいましたか」

 補佐官の視線が、
 一瞬、泳ぐ。

「……執務室です」

 記録官が、
 静かに資料を出す。

「その時刻、
 あなたは港湾都市にいました」

「宿泊台帳に、
 あなたの筆跡があります」

 沈黙。

 私は、
 初めて口を開いた。

「否定できますか」

 低い声。

「……できません」

 それが、
 崩れた瞬間だった。

「なぜ、
 南方連合と接触した」

 補佐官は、
 唇を噛んだ。

「……伯爵家の、
 利益になると」

「誰の指示だ」

「……」

 沈黙。

 だが、
 皇帝は追及しない。

「十分だ」

 その一言で、
 場は終わった。

 補佐官は、
 拘束された。

 その夜。

 皇帝が、私に言った。

「伯爵本人を、
 今は動かさない」

「はい」

「だが、
 首輪は付いた」

 それは、
 政治的な判断。

「南方連合には?」

「正式抗議と、
 交渉凍結です」

「理由は?」

「“内部干渉の疑い”」

 皇帝は、
 わずかに口角を上げた。

「……よくやった」

 私は、
 静かに頭を下げた。

 部屋に戻り、
 一人になる。

(……動かぬ証拠)

 それは、
 怒鳴る必要も、
 責める必要もない。

 ただ、
 置けばいい。

 沈黙は、
 嘘を守れない。

 そして、
 一致しすぎた偶然は、
 必ず、裏切る。

 私は、
 次の資料に目を通した。

 敵は、
 まだ終わっていない。

 だが――
 もう、逃げ道はない。

 それで、十分だった。

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