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第23話 笑顔の使節、伏せられた刃
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第23話 笑顔の使節、伏せられた刃
南方連合の使節団が皇城に到着したのは、薄曇りの午後だった。
歓迎は形式通り。
儀礼は過不足なく。
笑顔は、やや多め。
(……多すぎるわね)
私は、皇帝の半歩後ろという位置で、使節団を迎えていた。
名目は「視察」。
だが、視察という言葉ほど便利な隠れ蓑はない。
先頭に立つのは、連合商会の代表――
やけに人当たりの良い男だった。
「このたびは、
我々に門戸を開いてくださり、
誠に光栄です」
丁寧で、低姿勢。
だが、腰は低くない。
(……相手を測っている)
皇帝は、淡々と応じる。
「帝国は、
礼を重んじる」
「同時に、
記録も重んじる」
その言葉に、
使節の笑顔が、ほんの一瞬だけ固まった。
(……聞こえた)
彼らは、
“見られている”ことを理解した。
歓迎の場は、短く終わる。
その後は、
分科会という名の個別接触。
私は、正式な交渉役ではない。
だが、同席を求められた。
理由は明白だ。
(……私を、見に来た)
小会議室。
使節団の副代表が、
柔らかな声で話しかけてくる。
「帝国は、
近年、鉱物加工に力を入れていると伺いました」
「はい」
私は、必要最低限で答える。
「付加価値の創出は、
双方に利益をもたらしますよね」
「条件次第では」
曖昧に返す。
相手は、すぐに核心へ踏み込まなかった。
雑談。
成功例。
互恵。
そして――
さりげない一言。
「帝国内にも、
改革に慎重な声があるとか」
私は、表情を変えなかった。
「どの国にも、
慎重な声はあります」
「なるほど」
副代表は、頷く。
「我々は、
そうした方々の意見にも
耳を傾ける立場でして」
(……来た)
私は、あえて問い返さない。
肯定もしない。
ただ、
記憶に留める。
会合が終わり、
廊下を歩く途中。
女官長が、
ほとんど口を動かさずに言った。
「……別動がありました」
「どこで?」
「港湾都市です」
やはり。
使節団の一部が、
公式日程とは別に、
現地の有力者と接触している。
(……表と裏、同時進行)
その夜。
私は、ヴァルデンと短い打ち合わせを行った。
「彼らは、
直接的な条件提示はしていない」
「はい」
「だが、
“受け皿”を探している」
「その通りです」
ヴァルデンは、
しばらく考えてから言った。
「……君は、
どう見る」
私は、即答しなかった。
「彼らは、
帝国を割ろうとしているのではありません」
「ほう」
「帝国の中に、
自分たちの“通路”を作ろうとしている」
ヴァルデンが、
低く息を吐く。
「危険だな」
「はい」
「だが、
まだ証拠にはならない」
「ええ」
だからこそ。
「こちらから、
踏み込む必要はありません」
「相手に、
“踏み外させる”方が早い」
ヴァルデンが、
私を見る。
「……どうやって」
私は、静かに答えた。
「彼らは、
“慎重な声”を探しています」
「なら、
それが公式に存在する場を用意します」
翌日。
皇帝の了承のもと、
南方連合使節団に対し、
公開討議の場が設けられた。
テーマは、
「帝国における鉱物資源の今後」。
名目は、
情報交換。
だが、実際は――
立場の可視化だ。
討議の場。
慎重派の貴族が、
例の調子で発言する。
「急進的な改革は、
リスクが大きい」
使節団が、
興味深そうに頷く。
(……見ている)
私は、
そこで初めて口を開いた。
「慎重であることと、
停滞することは、
同義ではありません」
静かな声。
「慎重であるなら、
外部と接触する際こそ、
条件を明確にすべきです」
使節団の視線が、集まる。
「裏での意見交換は、
誤解を生みます」
「帝国は、
それを好みません」
沈黙。
その空気の中で、
副代表が、微笑みながら言った。
「……誤解、ですか」
「はい」
私は、はっきり答えた。
「誤解が生じる余地を、
意図的に作る行為も含めて」
その瞬間、
場の温度が、一段下がった。
(……踏み外した)
彼らは、
もう引き返せない。
討議は、無事に終わった。
だが、
使節団の動きは、
すべて記録された。
その夜。
皇帝が、静かに言った。
「……よく、追い込んだ」
「私は、
線を引いただけです」
「それが、
一番効く」
私は、窓の外を見た。
南方連合の使節団は、
まだ帝国にいる。
だが、
自由には動けない。
外の手は、
内側に伸びた。
そして今――
その手首は、
確かに掴まれている。
次に来るのは、
言い訳か、
開き直りか。
どちらにせよ。
(……証拠は、
もう集まり始めている)
私は、静かに思った。
笑顔の下に隠された刃は、
光に晒されると、
案外、脆い。
次は――
動かぬ証拠だ。
-
南方連合の使節団が皇城に到着したのは、薄曇りの午後だった。
歓迎は形式通り。
儀礼は過不足なく。
笑顔は、やや多め。
(……多すぎるわね)
私は、皇帝の半歩後ろという位置で、使節団を迎えていた。
名目は「視察」。
だが、視察という言葉ほど便利な隠れ蓑はない。
先頭に立つのは、連合商会の代表――
やけに人当たりの良い男だった。
「このたびは、
我々に門戸を開いてくださり、
誠に光栄です」
丁寧で、低姿勢。
だが、腰は低くない。
(……相手を測っている)
皇帝は、淡々と応じる。
「帝国は、
礼を重んじる」
「同時に、
記録も重んじる」
その言葉に、
使節の笑顔が、ほんの一瞬だけ固まった。
(……聞こえた)
彼らは、
“見られている”ことを理解した。
歓迎の場は、短く終わる。
その後は、
分科会という名の個別接触。
私は、正式な交渉役ではない。
だが、同席を求められた。
理由は明白だ。
(……私を、見に来た)
小会議室。
使節団の副代表が、
柔らかな声で話しかけてくる。
「帝国は、
近年、鉱物加工に力を入れていると伺いました」
「はい」
私は、必要最低限で答える。
「付加価値の創出は、
双方に利益をもたらしますよね」
「条件次第では」
曖昧に返す。
相手は、すぐに核心へ踏み込まなかった。
雑談。
成功例。
互恵。
そして――
さりげない一言。
「帝国内にも、
改革に慎重な声があるとか」
私は、表情を変えなかった。
「どの国にも、
慎重な声はあります」
「なるほど」
副代表は、頷く。
「我々は、
そうした方々の意見にも
耳を傾ける立場でして」
(……来た)
私は、あえて問い返さない。
肯定もしない。
ただ、
記憶に留める。
会合が終わり、
廊下を歩く途中。
女官長が、
ほとんど口を動かさずに言った。
「……別動がありました」
「どこで?」
「港湾都市です」
やはり。
使節団の一部が、
公式日程とは別に、
現地の有力者と接触している。
(……表と裏、同時進行)
その夜。
私は、ヴァルデンと短い打ち合わせを行った。
「彼らは、
直接的な条件提示はしていない」
「はい」
「だが、
“受け皿”を探している」
「その通りです」
ヴァルデンは、
しばらく考えてから言った。
「……君は、
どう見る」
私は、即答しなかった。
「彼らは、
帝国を割ろうとしているのではありません」
「ほう」
「帝国の中に、
自分たちの“通路”を作ろうとしている」
ヴァルデンが、
低く息を吐く。
「危険だな」
「はい」
「だが、
まだ証拠にはならない」
「ええ」
だからこそ。
「こちらから、
踏み込む必要はありません」
「相手に、
“踏み外させる”方が早い」
ヴァルデンが、
私を見る。
「……どうやって」
私は、静かに答えた。
「彼らは、
“慎重な声”を探しています」
「なら、
それが公式に存在する場を用意します」
翌日。
皇帝の了承のもと、
南方連合使節団に対し、
公開討議の場が設けられた。
テーマは、
「帝国における鉱物資源の今後」。
名目は、
情報交換。
だが、実際は――
立場の可視化だ。
討議の場。
慎重派の貴族が、
例の調子で発言する。
「急進的な改革は、
リスクが大きい」
使節団が、
興味深そうに頷く。
(……見ている)
私は、
そこで初めて口を開いた。
「慎重であることと、
停滞することは、
同義ではありません」
静かな声。
「慎重であるなら、
外部と接触する際こそ、
条件を明確にすべきです」
使節団の視線が、集まる。
「裏での意見交換は、
誤解を生みます」
「帝国は、
それを好みません」
沈黙。
その空気の中で、
副代表が、微笑みながら言った。
「……誤解、ですか」
「はい」
私は、はっきり答えた。
「誤解が生じる余地を、
意図的に作る行為も含めて」
その瞬間、
場の温度が、一段下がった。
(……踏み外した)
彼らは、
もう引き返せない。
討議は、無事に終わった。
だが、
使節団の動きは、
すべて記録された。
その夜。
皇帝が、静かに言った。
「……よく、追い込んだ」
「私は、
線を引いただけです」
「それが、
一番効く」
私は、窓の外を見た。
南方連合の使節団は、
まだ帝国にいる。
だが、
自由には動けない。
外の手は、
内側に伸びた。
そして今――
その手首は、
確かに掴まれている。
次に来るのは、
言い訳か、
開き直りか。
どちらにせよ。
(……証拠は、
もう集まり始めている)
私は、静かに思った。
笑顔の下に隠された刃は、
光に晒されると、
案外、脆い。
次は――
動かぬ証拠だ。
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