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第11話「伯爵領の視察へ」
しおりを挟む「リオネッタ様、そろそろ視察の馬車をご用意いたしますね」
朝の紅茶を楽しんでいたリオネッタに、執事が柔らかく声をかけた。
「視察……ですの?」
「はい。伯爵様のご意向で、領民の暮らしぶりをご覧いただきたいとのことです」
少し驚いた。
“見せたい”などと言われたことは、今まで一度もなかった。
王都では、いつも“見せられる側”だったのに。
「……なるほど。なら、きちんと見させていただかなくては」
リオネッタはそっと笑って、いつもの優雅な所作でティーカップを置いた。
* * *
馬車が伯爵領の町に入ると、すぐに変化に気づいた。
家々は質素ながらも清潔で、子どもたちの笑い声がそこかしこで響いている。
市場では地元の野菜や布、手作りの道具がにぎやかに並び、活気に満ちていた。
そして――。
「あっ、あの方が……リオネッタ様よ!」
「綺麗な方……!」
「伯爵様のご婚約者だって……!」
住民たちが次々に集まり、笑顔でリオネッタに挨拶を投げかける。
「ようこそいらっしゃいました!」
「この町を選んでくださって、ありがとうございます!」
「どうか、長くいらしてくださいませ!」
……圧倒された。
(どうして……こんなにも……歓迎されてるの?)
王都では、どれだけ努力しても“当然”の評価しか得られなかった。
微笑みひとつ、言葉ひとつ、完璧であることが“最低ライン”だった。
けれど今――。
「……ありがとうございます」
思わず、心からの声がこぼれた。
胸の奥がじんわりと温かくなる。何かが溶けていくような感覚。
「お嬢様……泣いておられます」
隣でそっとハンカチを差し出したミーナの声に、リオネッタは自分の目元を拭った。
「……あら、不思議ね。こんな風に泣けるなんて、思ってもみませんでしたわ」
その姿を見ていた領民たちが、さらに深く礼をした。
この町では、“心”が見られていた。
肩書きでも、家柄でもない、“ひとりの人間”としてのリオネッタが。
* * *
視察を終えて屋敷に戻ると、クリスが執務室から出てきた。
「おかえりなさい。どうだった?」
リオネッタは一瞬迷ったが、素直に言った。
「……本当に、いい領地ですわ。人々の目が温かくて……わたくし……思わず泣いてしまいました」
クリスの目が柔らかく細められた。
「……あなたが心を込めて接すれば、誰だって応えてくれる。それだけのことだよ」
「でも、それが難しかった世界で生きてきましたのよ、私」
「それなら、これからは少しずつ――そういう世界を、こっちで作っていきませんか?」
その言葉に、リオネッタの胸がまた、ふわりとほどけた。
(この人は……やっぱり、“味方”なのね)
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