『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』

鷹 綾

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第12話「リリィとの再会(波乱)」

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 伯爵領での視察から数日。
 リオネッタは、町の市場へと足を運んでいた。

「お嬢様、あまり歩き回っては……」

「いいのよミーナ。屋敷の中ばかりでは息が詰まりますわ」

 市場には焼きたてのパンの香り、色鮮やかな野菜、人々の笑い声。
 王都とは違う、素朴だが温かい空気が流れている。

(こういう場所、嫌いじゃないわね。むしろ……心地いい)

 そんな時だった。

 ――ぱたん。
 布を扱う店の前で、ひとりの少女が手にしていた包みを落とした。

「あっ……!」

 華奢な指が震えている。
 その顔を見た瞬間――リオネッタは息をのんだ。

(この子……見覚えがあるわ)

 金の混じった栗色の髪。
 怯えたような、でもまっすぐな瞳。

「……リリィ?」

 少女はびくりと肩を跳ねさせた。

「……リ、リオネッタ……様……?」

 まるで罪人が判決を受ける前のように、怯え切った表情だった。

* * *

「お怪我はありませんか?」

 リオネッタが拾い上げた包みを渡すと、リリィは震える声で答えた。

「だ、大丈夫です……。あの……申し訳ありません……」

「何が申し訳ないのかしら?」

「わ、わたし……殿下と……その……」

 リリィは視線を落とし、唇を噛んだ。

「わたし、リオネッタ様から婚約者を奪った女だと……ずっと思われていて……だから……」

「あら」

 リオネッタは思わず笑った。

「私は“自由になれて嬉しい”と思っていますのよ?」

「……えっ?」

「婚約破棄は私にとって救いでしたわ。あなたが謝る必要は、一つもありません」

 リリィの目に、大粒の涙が浮かんだ。

「わ、私……! ずっと……リオネッタ様は冷たくて怖い人だって言われて……でも、会ったこともないのに決めつけていました……! 本当は、優しい方だったんですね……!」

 少女はぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「王太子殿下は……“あなたが意地悪をした”って……“いじめられた”って……でも嘘でした……」

 ミーナが小さく息を呑む。

「……あの男、またそんな……」

 リオネッタはため息をつき、リリィの肩にそっと手を置いた。

「あなたは騙されていただけ。責められるべきは誰なのか、今となっては明白ですわね」

「リオネッタ様……!」

「それに――」

 リオネッタは、ふっと笑う。
 王都では決して見せたことのない、素の笑み。

「あなたはいい子だって、今日初めて分かりましたもの」

 リリィの瞳がまた潤む。

「う……嬉しい……!」

 市場のざわめきの中で、二人の距離はそっと縮まっていった。

* * *

 そこへ、慌てて駆け寄ってくる騎士団員がひとり。

「リオネッタ様! 大変です!」

「どうしました?」

「王太子殿下が……“リリィを連れ戻せ! リオネッタが洗脳したに違いない!”と叫んでおりまして!」

「……はぁ?」

 リオネッタの眉がわずかにぴくりと上がる。

 その隣で、リリィが青ざめて震えた。

(……さて。どう料理しましょうかしら)

 伯爵領の穏やかな空気に、ついに“波紋”が広がり始めた瞬間だった。

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