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27話 誰にも見せない選択の重さ
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27話 誰にも見せない選択の重さ
朝、ファーファはいつもより早く目を覚ました。
理由ははっきりしている。外の気配が、ほんのわずかに違ったからだ。音ではない。匂いでもない。ただ、空気の張りが違う。山に長くいれば、そういう差異が分かるようになる。
それでも、慌てることはなかった。
慌てる必要がないと分かっているからだ。
寝台から降り、外套を羽織る。扉を開けると、朝の空は薄く曇っていた。重たい雲ではないが、晴れとも言い切れない。箱は、置かれていた。いつもと同じ位置、同じ大きさ。
変化は、ない。
それを確認してから、ファーファは少しだけ立ち止まった。
「変化がない」という判断は、案外重い。
箱を中へ運び、蓋を開ける。内容は、変わらない。保存食、乾燥野菜、油、布。配置も、詰め方も、ほぼ同じだ。過剰な配慮も、削減もない。
つまり――
誰かが「変えない」と判断した結果だ。
王都にいた頃、判断は常に外にあった。誰かが決め、誰かが責任を負い、その影響は自分に及んだ。だが、ここでは違う。ここで最終的に生活を引き受けるのは、自分だ。
必要な分だけ取り出し、棚に置く。残りは箱に戻す。今日は、箱を運んだ後に地面を少し均す。足跡を消すためではない。雨が降ったときに、水が溜まらないようにするためだ。
誰も見ない作業。
誰にも報告しない作業。
だが、確実に意味はある。
湯を沸かし、紅茶を淹れる。今日は少し温度を低めにした。熱すぎない方が、身体に負担がかからない。こうした判断も、誰にも評価されない。
椅子に腰掛け、窓の外を見る。山は相変わらず静かだ。だが、完全な無関心ではない。こちらが騒げば、すぐに応えてくる。崩れ、荒れ、拒絶する。
静けさは、互いの距離感で成り立っている。
午前中、本を読む。今日はほとんど進まなかった。途中で文字が目に入らなくなり、本を閉じる。それでも構わない。読まなかった分を、取り戻す必要はない。
昼、簡単な食事を取る。今日は食後に、少し長く椅子に座った。身体が「休め」と言っている気がしたからだ。従うかどうかを決めるのは、自分だけだ。
――選択は、常にここにある。
働くか、働かないか。
戻るか、戻らないか。
関わるか、距離を取るか。
だが、その選択を誰かに見せる必要はない。見せた瞬間、説明が生まれ、評価が生まれ、干渉が生まれる。
ここでは、選択は内側で完結する。
午後、外に出る。空気は少し重くなっていた。雨が近い。家の周囲を一回りし、雨が降ったときに困らないよう、物の位置をわずかに調整する。ほんの数分で終わる作業だ。
それでも、やらなければ後で面倒になる。
選択とは、派手な決断ではない。
小さな「やる」「やらない」の積み重ねだ。
王都では、その重さを誰かが勝手に測った。
ここでは、自分だけが知っていればいい。
夕方、火を入れる。炎の音を聞きながら、ファーファは静かに考える。
――私は、何も背負っていないように見えるだろう。
実際、肩書も、責任も、役割も捨てた。だが、何も背負っていないわけではない。「選び続ける」という重さを、誰にも見せずに持っている。
夜、灯りを落とし、寝台に横になる。外では、ぽつりと雨が落ち始めた。
今日も、選択はあった。
そして、そのすべては、外には出なかった。
ファーファ・ノクティスは、
誰にも見せない選択の重さを、
誇ることも、嘆くこともなく、
ただ静かに抱えたまま、目を閉じた。
それでいい。
それが、ここで生きるということだった。
朝、ファーファはいつもより早く目を覚ました。
理由ははっきりしている。外の気配が、ほんのわずかに違ったからだ。音ではない。匂いでもない。ただ、空気の張りが違う。山に長くいれば、そういう差異が分かるようになる。
それでも、慌てることはなかった。
慌てる必要がないと分かっているからだ。
寝台から降り、外套を羽織る。扉を開けると、朝の空は薄く曇っていた。重たい雲ではないが、晴れとも言い切れない。箱は、置かれていた。いつもと同じ位置、同じ大きさ。
変化は、ない。
それを確認してから、ファーファは少しだけ立ち止まった。
「変化がない」という判断は、案外重い。
箱を中へ運び、蓋を開ける。内容は、変わらない。保存食、乾燥野菜、油、布。配置も、詰め方も、ほぼ同じだ。過剰な配慮も、削減もない。
つまり――
誰かが「変えない」と判断した結果だ。
王都にいた頃、判断は常に外にあった。誰かが決め、誰かが責任を負い、その影響は自分に及んだ。だが、ここでは違う。ここで最終的に生活を引き受けるのは、自分だ。
必要な分だけ取り出し、棚に置く。残りは箱に戻す。今日は、箱を運んだ後に地面を少し均す。足跡を消すためではない。雨が降ったときに、水が溜まらないようにするためだ。
誰も見ない作業。
誰にも報告しない作業。
だが、確実に意味はある。
湯を沸かし、紅茶を淹れる。今日は少し温度を低めにした。熱すぎない方が、身体に負担がかからない。こうした判断も、誰にも評価されない。
椅子に腰掛け、窓の外を見る。山は相変わらず静かだ。だが、完全な無関心ではない。こちらが騒げば、すぐに応えてくる。崩れ、荒れ、拒絶する。
静けさは、互いの距離感で成り立っている。
午前中、本を読む。今日はほとんど進まなかった。途中で文字が目に入らなくなり、本を閉じる。それでも構わない。読まなかった分を、取り戻す必要はない。
昼、簡単な食事を取る。今日は食後に、少し長く椅子に座った。身体が「休め」と言っている気がしたからだ。従うかどうかを決めるのは、自分だけだ。
――選択は、常にここにある。
働くか、働かないか。
戻るか、戻らないか。
関わるか、距離を取るか。
だが、その選択を誰かに見せる必要はない。見せた瞬間、説明が生まれ、評価が生まれ、干渉が生まれる。
ここでは、選択は内側で完結する。
午後、外に出る。空気は少し重くなっていた。雨が近い。家の周囲を一回りし、雨が降ったときに困らないよう、物の位置をわずかに調整する。ほんの数分で終わる作業だ。
それでも、やらなければ後で面倒になる。
選択とは、派手な決断ではない。
小さな「やる」「やらない」の積み重ねだ。
王都では、その重さを誰かが勝手に測った。
ここでは、自分だけが知っていればいい。
夕方、火を入れる。炎の音を聞きながら、ファーファは静かに考える。
――私は、何も背負っていないように見えるだろう。
実際、肩書も、責任も、役割も捨てた。だが、何も背負っていないわけではない。「選び続ける」という重さを、誰にも見せずに持っている。
夜、灯りを落とし、寝台に横になる。外では、ぽつりと雨が落ち始めた。
今日も、選択はあった。
そして、そのすべては、外には出なかった。
ファーファ・ノクティスは、
誰にも見せない選択の重さを、
誇ることも、嘆くこともなく、
ただ静かに抱えたまま、目を閉じた。
それでいい。
それが、ここで生きるということだった。
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