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第10話 働かないために、最低限だけ動きます
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第10話 働かないために、最低限だけ動きます
――誤解を解く必要がある。
私は「何もしない主義」ではあるが、
「何もしなければならない場面で何もしない愚か者」ではない。
朝、マーガレットが一通の書簡を差し出してきた。
「お嬢様。来週の王宮視察に関する“事前質問書”です」
嫌な予感しかしない。
受け取って目を通すと、案の定だった。
・アーデルハイド領の意思決定プロセスについて
・責任所在の明確化について
・“無指示運営”の再現性について
・今後、他領へ展開可能かどうか
「……これ、私が答えるの?」
「はい。形式上は」
形式上、ね。
私はソファに沈み込み、天井を見上げた。
「ねえマーガレット。正直に言うわよ」
「はい」
「私、そんな高度なこと考えてない」
「存じております」
即答はやめてほしい。
「現場が勝手に育っただけ。私は放置しただけ」
「はい」
「それを“理論”にされるの、困るのだけど」
マーガレットは、少し微笑んだ。
「ですからお嬢様。今回は“最低限だけ”動きましょう」
最低限。
その言葉に、私は反応した。
「……どういう意味?」
「“何もしない”を説明するために、“何かしているように見える最低限の枠”を用意するのです」
なるほど。
つまり。
「働かないための、最低限の労働?」
「その通りです」
昼。
私は執務机に向かい、一枚の紙を前にしていた。
題名を書く。
『アーデルハイド領における運営原則(暫定)』
……嫌な予感しかしない。
「原則一」
私はペンを走らせる。
『現場判断を尊重すること』
うん。事実。
「原則二」
『判断者は、結果に対する説明責任を負うこと』
それも、まあ。
「原則三」
少し考えてから書いた。
『上位者は、結果が致命的でない限り介入しない』
これ、大事。
マーガレットが覗き込んでくる。
「素晴らしいですわ。とても“統治者らしい”文言です」
「聞いて。これはただの“放置の言い訳”だから」
「はい。でも、それが制度になるのです」
世の中、理不尽。
夕方。
父が呼びに来た。
「それが、噂の文書か」
「噂にするな」
父は目を通し、しばらく黙ってから言った。
「……これなら、王宮も納得するだろう」
「納得されるの、困るのだけど」
「無理だな」
即答だった。
「お前はもう、“何もしないことで成果を出した人物”として見られている」
私は頭を抱えた。
「私は、優雅に紅茶を飲んでいたいだけなのに……」
「安心しろ」
父は、肩をすくめる。
「今回の視察は、“観察”が目的だ。口出しはない」
「本当に?」
「ああ。むしろ――」
父は、少しだけ笑った。
「王宮の役人たちが、“お前が何もしない理由”を学びに来る」
……地獄では?
夜。
私は日記に書いた。
『今日は働いた。紙一枚分』
その下に、太字で。
『これ以上は働かない』
それだけでいい。
復讐もしない。
王太子とも距離を取る。
改革者になるつもりもない。
私はただ――
怠惰であるために、必要最低限だけ賢くありたい。
その願いが、どこまで通用するのか。
それは、来週の視察で試されることになる。
私は紅茶を一口飲み、静かに目を閉じた。
「……お願いだから、これ以上“何もしない私”を深読みしないで」
その祈りが届くかどうかは、
まだ誰にも分からなかった。
――誤解を解く必要がある。
私は「何もしない主義」ではあるが、
「何もしなければならない場面で何もしない愚か者」ではない。
朝、マーガレットが一通の書簡を差し出してきた。
「お嬢様。来週の王宮視察に関する“事前質問書”です」
嫌な予感しかしない。
受け取って目を通すと、案の定だった。
・アーデルハイド領の意思決定プロセスについて
・責任所在の明確化について
・“無指示運営”の再現性について
・今後、他領へ展開可能かどうか
「……これ、私が答えるの?」
「はい。形式上は」
形式上、ね。
私はソファに沈み込み、天井を見上げた。
「ねえマーガレット。正直に言うわよ」
「はい」
「私、そんな高度なこと考えてない」
「存じております」
即答はやめてほしい。
「現場が勝手に育っただけ。私は放置しただけ」
「はい」
「それを“理論”にされるの、困るのだけど」
マーガレットは、少し微笑んだ。
「ですからお嬢様。今回は“最低限だけ”動きましょう」
最低限。
その言葉に、私は反応した。
「……どういう意味?」
「“何もしない”を説明するために、“何かしているように見える最低限の枠”を用意するのです」
なるほど。
つまり。
「働かないための、最低限の労働?」
「その通りです」
昼。
私は執務机に向かい、一枚の紙を前にしていた。
題名を書く。
『アーデルハイド領における運営原則(暫定)』
……嫌な予感しかしない。
「原則一」
私はペンを走らせる。
『現場判断を尊重すること』
うん。事実。
「原則二」
『判断者は、結果に対する説明責任を負うこと』
それも、まあ。
「原則三」
少し考えてから書いた。
『上位者は、結果が致命的でない限り介入しない』
これ、大事。
マーガレットが覗き込んでくる。
「素晴らしいですわ。とても“統治者らしい”文言です」
「聞いて。これはただの“放置の言い訳”だから」
「はい。でも、それが制度になるのです」
世の中、理不尽。
夕方。
父が呼びに来た。
「それが、噂の文書か」
「噂にするな」
父は目を通し、しばらく黙ってから言った。
「……これなら、王宮も納得するだろう」
「納得されるの、困るのだけど」
「無理だな」
即答だった。
「お前はもう、“何もしないことで成果を出した人物”として見られている」
私は頭を抱えた。
「私は、優雅に紅茶を飲んでいたいだけなのに……」
「安心しろ」
父は、肩をすくめる。
「今回の視察は、“観察”が目的だ。口出しはない」
「本当に?」
「ああ。むしろ――」
父は、少しだけ笑った。
「王宮の役人たちが、“お前が何もしない理由”を学びに来る」
……地獄では?
夜。
私は日記に書いた。
『今日は働いた。紙一枚分』
その下に、太字で。
『これ以上は働かない』
それだけでいい。
復讐もしない。
王太子とも距離を取る。
改革者になるつもりもない。
私はただ――
怠惰であるために、必要最低限だけ賢くありたい。
その願いが、どこまで通用するのか。
それは、来週の視察で試されることになる。
私は紅茶を一口飲み、静かに目を閉じた。
「……お願いだから、これ以上“何もしない私”を深読みしないで」
その祈りが届くかどうかは、
まだ誰にも分からなかった。
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