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第11話 何もしない視察、始まりました
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第11話 何もしない視察、始まりました
――視察当日。
私は、いつも通りの朝を迎えた。
つまり、特別な準備は一切していない。
「お嬢様、本日は視察団が十名ほど到着予定です」
マーガレットが淡々と告げる。
「多いわね……」
「はい。行政官、記録官、監査官、それから――」
そこで一拍。
「“観察専門官”と名乗る方が二名ほど」
嫌な肩書きが増えた。
「観察して、どうするの?」
「お嬢様が“何もしない瞬間”を記録するそうです」
もう放っておいてほしい。
正午前、馬車の音が屋敷の前に響く。
揃いの制服を着た王宮の役人たちが、整然と降り立った。
全員、妙に真剣な顔をしている。
「アーデルハイド公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド殿」
代表らしき壮年の男性が、深々と頭を下げた。
「本日は、領地運営の視察を許可いただき感謝いたします」
「どうぞご自由に。……邪魔にならない範囲で」
失礼にならない程度の本音。
まず案内されたのは、農園。
責任者のポーランドが説明を始める。
「現在は、作物ごとに判断権を分散しております」 「問題が起きた場合、現場で一次対応し、後日報告」
「公爵令嬢からの指示は?」
役人が問う。
「ありません」
きっぱり。
「一切?」
「一切」
記録官のペンが走る音がした。
「では、判断に迷った場合は?」
「自分で決めます」
「間違えたら?」
「謝って、直します」
役人たちがざわついた。
次は加工場。
ここでも同じやり取り。
「上からの命令は?」 「ありません」 「承認は?」 「不要です」
視察団の中に、明らかに混乱している者がいる。
「……それで、秩序は保たれているのですか?」
私は、横で紅茶を飲みながら答えた。
「ええ。皆、自分の仕事ですから」
その一言が、記録官の手を止めた。
午後。
応接室で質疑応答が行われる。
「失礼ですが、公爵令嬢殿」
若い行政官が、恐る恐る尋ねてきた。
「なぜ、そこまで現場に任せられるのですか?」
私は少し考えた。
「……私が、彼らより賢いと思っていないからです」
空気が凍る。
「私は、農業の専門家でも、物流の達人でもありません」 「だから、分かる人に任せているだけです」
「ですが、それは統治者として――」
「統治者?」
私は首を傾げる。
「私は、管理したいわけではありません」 「ただ、日常を快適に過ごしたいだけです」
沈黙。
父が、後ろで小さく咳払いをした。
視察団の代表が、慎重に言葉を選ぶ。
「……それは、“信頼”ということでしょうか」
「結果的には」
私は正直に答えた。
「最初から信頼していたわけではありません」 「ただ、放っておいたら、皆が勝手に育ちました」
記録官のペンが、また走り出す。
「では最後に」
代表が言う。
「公爵令嬢殿は、今後も“何もしない”おつもりですか?」
私は、にっこり笑った。
「ええ。できる限り」
そして、付け加える。
「ただし、“何もしない”ために必要なことは、します」
視察団が帰った後。
応接室には、静けさが戻った。
「……疲れた」
ソファに倒れ込む私に、マーガレットが紅茶を差し出す。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「ねえ。どうだった?」
「はい」
彼女は少し困った顔で言った。
「“前例がなく、危険だが、非常に合理的”との評価です」
最悪でも最高でもある。
夜。
父が一言だけ告げた。
「王宮は、お前を真似できないと結論づけた」
「それは朗報?」
「ああ。なぜなら」
父は肩をすくめる。
「“本人が怠惰であること”が前提だからな」
私は、心から安堵した。
「よかった……」
今日も、何もしなかった。
いや、正確には――
何もしないために、全力で誤解を防いだ一日だった。
私は紅茶を飲み干し、静かに目を閉じる。
「……明日は、何も起きませんように」
その願いだけは、
切実だった。
――視察当日。
私は、いつも通りの朝を迎えた。
つまり、特別な準備は一切していない。
「お嬢様、本日は視察団が十名ほど到着予定です」
マーガレットが淡々と告げる。
「多いわね……」
「はい。行政官、記録官、監査官、それから――」
そこで一拍。
「“観察専門官”と名乗る方が二名ほど」
嫌な肩書きが増えた。
「観察して、どうするの?」
「お嬢様が“何もしない瞬間”を記録するそうです」
もう放っておいてほしい。
正午前、馬車の音が屋敷の前に響く。
揃いの制服を着た王宮の役人たちが、整然と降り立った。
全員、妙に真剣な顔をしている。
「アーデルハイド公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド殿」
代表らしき壮年の男性が、深々と頭を下げた。
「本日は、領地運営の視察を許可いただき感謝いたします」
「どうぞご自由に。……邪魔にならない範囲で」
失礼にならない程度の本音。
まず案内されたのは、農園。
責任者のポーランドが説明を始める。
「現在は、作物ごとに判断権を分散しております」 「問題が起きた場合、現場で一次対応し、後日報告」
「公爵令嬢からの指示は?」
役人が問う。
「ありません」
きっぱり。
「一切?」
「一切」
記録官のペンが走る音がした。
「では、判断に迷った場合は?」
「自分で決めます」
「間違えたら?」
「謝って、直します」
役人たちがざわついた。
次は加工場。
ここでも同じやり取り。
「上からの命令は?」 「ありません」 「承認は?」 「不要です」
視察団の中に、明らかに混乱している者がいる。
「……それで、秩序は保たれているのですか?」
私は、横で紅茶を飲みながら答えた。
「ええ。皆、自分の仕事ですから」
その一言が、記録官の手を止めた。
午後。
応接室で質疑応答が行われる。
「失礼ですが、公爵令嬢殿」
若い行政官が、恐る恐る尋ねてきた。
「なぜ、そこまで現場に任せられるのですか?」
私は少し考えた。
「……私が、彼らより賢いと思っていないからです」
空気が凍る。
「私は、農業の専門家でも、物流の達人でもありません」 「だから、分かる人に任せているだけです」
「ですが、それは統治者として――」
「統治者?」
私は首を傾げる。
「私は、管理したいわけではありません」 「ただ、日常を快適に過ごしたいだけです」
沈黙。
父が、後ろで小さく咳払いをした。
視察団の代表が、慎重に言葉を選ぶ。
「……それは、“信頼”ということでしょうか」
「結果的には」
私は正直に答えた。
「最初から信頼していたわけではありません」 「ただ、放っておいたら、皆が勝手に育ちました」
記録官のペンが、また走り出す。
「では最後に」
代表が言う。
「公爵令嬢殿は、今後も“何もしない”おつもりですか?」
私は、にっこり笑った。
「ええ。できる限り」
そして、付け加える。
「ただし、“何もしない”ために必要なことは、します」
視察団が帰った後。
応接室には、静けさが戻った。
「……疲れた」
ソファに倒れ込む私に、マーガレットが紅茶を差し出す。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「ねえ。どうだった?」
「はい」
彼女は少し困った顔で言った。
「“前例がなく、危険だが、非常に合理的”との評価です」
最悪でも最高でもある。
夜。
父が一言だけ告げた。
「王宮は、お前を真似できないと結論づけた」
「それは朗報?」
「ああ。なぜなら」
父は肩をすくめる。
「“本人が怠惰であること”が前提だからな」
私は、心から安堵した。
「よかった……」
今日も、何もしなかった。
いや、正確には――
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私は紅茶を飲み干し、静かに目を閉じる。
「……明日は、何も起きませんように」
その願いだけは、
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2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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