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第20話 何もしない女、国家案件になる
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第20話 何もしない女、国家案件になる
最初に言っておく。
私は、何もしていない。
していないのに――
国家案件になった。
「お嬢様」
朝。
離れのカーテン越しに、ロバートの気配がする。
「……今日は不在です」
「はい、その件で」
「?」
「“国家として扱うことにした”そうです」
意味が分からない。
「私を?」
「正確には――
“お嬢様の不在状態”を、です」
私は、ゆっくり起き上がった。
「……どういうこと?」
ロバートは、紙を一枚差し出した。
『アーデルハイド公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド
現在:静養中(※接触不可)
ただし、影響力は継続中』
「……なにこれ」
「王宮内の共有資料です」
私は、紙を持つ手が震えた。
「“静養中”って……
もう公式設定になってない?」
「はい。
“今は触れてはいけない存在”として」
――最悪だ。
父が来た。
「レイラ、すまん」
「何をしたの?」
「何もしてない」
「それが原因よ!」
父は苦笑しながら続ける。
「王宮としてはな、
お前を“動かす”より
“動かさない前提で扱う”ほうが、
秩序が保てると判断したらしい」
「私、置物?」
「いや、“基準点”だ」
さらに悪い。
「何かを決めるとき、
“アーデルハイド令嬢が関与していない”
という状態が、
逆に安心材料になるらしい」
私は、頭を抱えた。
「何もしないことで、
国家の安定に寄与してる……?」
「そういうことだ」
午後。
噂は、完全に別の段階に入った。
・あの方は今、静かに全体を見ている
・不用意に動かないのが最大の配慮
・存在そのものが抑止力
「お嬢様」
マーガレットが、真顔で言う。
「“何もしない象徴”だそうです」
「象徴にしないで」
私は、全力で拒否した。
「私は、働かないために生きているのよ!」
「存じております」
「なのに、
何もしないことが“役割”になったら、
それはもう仕事じゃない!」
マーガレットは、少し考えてから言った。
「……では、お嬢様」
「なに」
「“役割を果たさない”という役割を、
放棄なさればよろしいのでは?」
沈黙。
私は、はっとした。
「……それは」
「“国家が期待する沈黙”を、
あえて破らない。
でも、
“意味を持たせない行動”を取る」
「……具体的には?」
マーガレットは、静かに微笑んだ。
「普通に、遊ぶのです」
翌日。
私は――
市場に出た。
帽子をかぶり、
平服で、
ただの貴族令嬢として。
りんごを買い、
焼き菓子を選び、
通りを歩いた。
何も語らず、
何も決めず、
何も象徴しない。
数時間後。
報告が届く。
「お嬢様」
「……噂?」
「はい。
“ついに動いた”と」
私は、袋いっぱいの菓子を抱えながら言った。
「違うわ。
ただ買い物しただけ」
だが――
世間は、もう止まらない。
私は理解した。
何もしない女が、
何かをした瞬間、
世界は勝手に意味をつける。
なら。
私はこれからも、
淡々と、
無意味なことをする。
それが、
私にできる
最大の抵抗だから。
日記に書いた。
『国家案件になったが、
今日の私は、
アップルパイを買っただけである』
……美味しかった。
最初に言っておく。
私は、何もしていない。
していないのに――
国家案件になった。
「お嬢様」
朝。
離れのカーテン越しに、ロバートの気配がする。
「……今日は不在です」
「はい、その件で」
「?」
「“国家として扱うことにした”そうです」
意味が分からない。
「私を?」
「正確には――
“お嬢様の不在状態”を、です」
私は、ゆっくり起き上がった。
「……どういうこと?」
ロバートは、紙を一枚差し出した。
『アーデルハイド公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド
現在:静養中(※接触不可)
ただし、影響力は継続中』
「……なにこれ」
「王宮内の共有資料です」
私は、紙を持つ手が震えた。
「“静養中”って……
もう公式設定になってない?」
「はい。
“今は触れてはいけない存在”として」
――最悪だ。
父が来た。
「レイラ、すまん」
「何をしたの?」
「何もしてない」
「それが原因よ!」
父は苦笑しながら続ける。
「王宮としてはな、
お前を“動かす”より
“動かさない前提で扱う”ほうが、
秩序が保てると判断したらしい」
「私、置物?」
「いや、“基準点”だ」
さらに悪い。
「何かを決めるとき、
“アーデルハイド令嬢が関与していない”
という状態が、
逆に安心材料になるらしい」
私は、頭を抱えた。
「何もしないことで、
国家の安定に寄与してる……?」
「そういうことだ」
午後。
噂は、完全に別の段階に入った。
・あの方は今、静かに全体を見ている
・不用意に動かないのが最大の配慮
・存在そのものが抑止力
「お嬢様」
マーガレットが、真顔で言う。
「“何もしない象徴”だそうです」
「象徴にしないで」
私は、全力で拒否した。
「私は、働かないために生きているのよ!」
「存じております」
「なのに、
何もしないことが“役割”になったら、
それはもう仕事じゃない!」
マーガレットは、少し考えてから言った。
「……では、お嬢様」
「なに」
「“役割を果たさない”という役割を、
放棄なさればよろしいのでは?」
沈黙。
私は、はっとした。
「……それは」
「“国家が期待する沈黙”を、
あえて破らない。
でも、
“意味を持たせない行動”を取る」
「……具体的には?」
マーガレットは、静かに微笑んだ。
「普通に、遊ぶのです」
翌日。
私は――
市場に出た。
帽子をかぶり、
平服で、
ただの貴族令嬢として。
りんごを買い、
焼き菓子を選び、
通りを歩いた。
何も語らず、
何も決めず、
何も象徴しない。
数時間後。
報告が届く。
「お嬢様」
「……噂?」
「はい。
“ついに動いた”と」
私は、袋いっぱいの菓子を抱えながら言った。
「違うわ。
ただ買い物しただけ」
だが――
世間は、もう止まらない。
私は理解した。
何もしない女が、
何かをした瞬間、
世界は勝手に意味をつける。
なら。
私はこれからも、
淡々と、
無意味なことをする。
それが、
私にできる
最大の抵抗だから。
日記に書いた。
『国家案件になったが、
今日の私は、
アップルパイを買っただけである』
……美味しかった。
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