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第3話「理想の女性は、何も言わなかった」
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第3話「理想の女性は、何も言わなかった」
オスカー・フォン・ルーヴェンは、自分が賢明な判断を下したと信じて疑わなかった。
各国へ送らせた通達には、丁寧な外交文書の体裁が整えられている。
だが、その中身は――誰がどう読んでも、個人の嗜好の羅列だった。
王太子の婚約者募集。
条件。
清楚であること。
従順であること。
余計な意見を言わないこと。
そして、はっきりと書かれてはいないが、誰の目にも明らかな条件。
――胸が大きいこと。
それを“外交案件”として扱うこと自体が異常だったが、
オスカーはその異常さに気づいていない。
「来るはずだ」
彼は、自信満々に言った。
「俺は王太子だ。
条件が多少厳しくても、名乗りを上げる女はいる」
その自信の根拠は、何一つない。
だが、彼にとってそれは問題ではなかった。
数日後。
返答は、想像以上に少なかった。
いや、正確には――
まともな返答は、ほとんどなかった。
「……辞退、辞退、辞退……」
側近が淡々と読み上げる。
「“貴国の方針に敬意を表しますが、我が家としては……”」
「“大変名誉なお話ではありますが……”」
言葉は丁寧だ。
だが、意味は一つしかない。
お断りだ。
オスカーは、不機嫌そうに舌打ちした。
「臆病な連中だな」
「条件を満たせないだけだろう?」
誰も反論しない。
反論できない。
そんな中で、一通だけ、異質な返答があった。
「……こちらです」
側近が差し出した書簡は、控えめで、慎ましい文面だった。
過剰な賛辞も、要求もない。
ただ、短くこう書かれている。
――ぜひ、一度お会いできればと存じます。
「ほう」
オスカーの口元が、わずかに緩んだ。
「名前は?」
「フローラ・エヴァンスと名乗っております」
「他国の貴族家の令嬢、と」
その名前を聞いた瞬間、
オスカーの頭の中には、勝手な理想像が出来上がった。
花のように可憐で、
おとなしく、
俺を否定しない女。
「よし、会おう」
即断だった。
数日後、謁見の間。
扉が開き、現れたその人物を見た瞬間、
オスカーは、完全に“勝った”と思った。
――大きな胸を、上品な衣装が包んでいる。
伏し目がちで、控えめな立ち居振る舞い。
余計な視線を向けず、ただ一礼する姿。
「フローラ・エヴァンスと申します」
声は柔らかく、低すぎず高すぎず。
「このたびは、貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
それだけだった。
余計な自己主張はない。
質問もない。
自分を売り込むような言葉もない。
(……前とは、違う)
オスカーは、心の中でそう呟いた。
かつて、マルティナはこの場で――
国情を見、周囲を見、必要な言葉を選んでいた。
だが、目の前の女は違う。
何も言わない。
それが、オスカーにはたまらなく心地よかった。
「楽にしていい」
彼がそう言うと、フローラは小さく頷いた。
「はい。殿下のお言葉に従います」
従う。
その一言が、オスカーの虚栄心をくすぐった。
「何か、質問は?」
「いいえ」
即答。
「殿下のお考えが、すべてでございます」
その瞬間、オスカーは確信した。
(……これだ)
俺が求めていたのは、これだ。
賢しらな助言でも、
正論でも、
忠告でもない。
俺を否定しない存在。
「気に入った」
あまりにも早い結論だった。
「フローラ、君は――理想的だ」
フローラは、ただ微笑んだ。
その微笑みの裏に、何があるのかを、
オスカーは考えもしなかった。
一方。
その日の夕刻、王城の外。
マルティナ・ヴァインベルクは、別の国の空気を吸っていた。
肩の力が、ゆっくりと抜けていく。
(……やはり、ああなった)
驚きはない。
予想通りだった。
オスカーは、自分を肯定する相手を選んだ。
それだけのこと。
(でも)
彼女は、歩みを止めずに思う。
(あの人は、
“何も言わない”ということの意味を、
最後まで理解しない)
マルティナは、もう振り返らなかった。
王太子の隣に立つ場所は、
とっくに空席になっている。
そして、その席に座ろうとする者が、
どんな存在なのか――
それを知るのは、
もう少し先の話だった。
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オスカー・フォン・ルーヴェンは、自分が賢明な判断を下したと信じて疑わなかった。
各国へ送らせた通達には、丁寧な外交文書の体裁が整えられている。
だが、その中身は――誰がどう読んでも、個人の嗜好の羅列だった。
王太子の婚約者募集。
条件。
清楚であること。
従順であること。
余計な意見を言わないこと。
そして、はっきりと書かれてはいないが、誰の目にも明らかな条件。
――胸が大きいこと。
それを“外交案件”として扱うこと自体が異常だったが、
オスカーはその異常さに気づいていない。
「来るはずだ」
彼は、自信満々に言った。
「俺は王太子だ。
条件が多少厳しくても、名乗りを上げる女はいる」
その自信の根拠は、何一つない。
だが、彼にとってそれは問題ではなかった。
数日後。
返答は、想像以上に少なかった。
いや、正確には――
まともな返答は、ほとんどなかった。
「……辞退、辞退、辞退……」
側近が淡々と読み上げる。
「“貴国の方針に敬意を表しますが、我が家としては……”」
「“大変名誉なお話ではありますが……”」
言葉は丁寧だ。
だが、意味は一つしかない。
お断りだ。
オスカーは、不機嫌そうに舌打ちした。
「臆病な連中だな」
「条件を満たせないだけだろう?」
誰も反論しない。
反論できない。
そんな中で、一通だけ、異質な返答があった。
「……こちらです」
側近が差し出した書簡は、控えめで、慎ましい文面だった。
過剰な賛辞も、要求もない。
ただ、短くこう書かれている。
――ぜひ、一度お会いできればと存じます。
「ほう」
オスカーの口元が、わずかに緩んだ。
「名前は?」
「フローラ・エヴァンスと名乗っております」
「他国の貴族家の令嬢、と」
その名前を聞いた瞬間、
オスカーの頭の中には、勝手な理想像が出来上がった。
花のように可憐で、
おとなしく、
俺を否定しない女。
「よし、会おう」
即断だった。
数日後、謁見の間。
扉が開き、現れたその人物を見た瞬間、
オスカーは、完全に“勝った”と思った。
――大きな胸を、上品な衣装が包んでいる。
伏し目がちで、控えめな立ち居振る舞い。
余計な視線を向けず、ただ一礼する姿。
「フローラ・エヴァンスと申します」
声は柔らかく、低すぎず高すぎず。
「このたびは、貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
それだけだった。
余計な自己主張はない。
質問もない。
自分を売り込むような言葉もない。
(……前とは、違う)
オスカーは、心の中でそう呟いた。
かつて、マルティナはこの場で――
国情を見、周囲を見、必要な言葉を選んでいた。
だが、目の前の女は違う。
何も言わない。
それが、オスカーにはたまらなく心地よかった。
「楽にしていい」
彼がそう言うと、フローラは小さく頷いた。
「はい。殿下のお言葉に従います」
従う。
その一言が、オスカーの虚栄心をくすぐった。
「何か、質問は?」
「いいえ」
即答。
「殿下のお考えが、すべてでございます」
その瞬間、オスカーは確信した。
(……これだ)
俺が求めていたのは、これだ。
賢しらな助言でも、
正論でも、
忠告でもない。
俺を否定しない存在。
「気に入った」
あまりにも早い結論だった。
「フローラ、君は――理想的だ」
フローラは、ただ微笑んだ。
その微笑みの裏に、何があるのかを、
オスカーは考えもしなかった。
一方。
その日の夕刻、王城の外。
マルティナ・ヴァインベルクは、別の国の空気を吸っていた。
肩の力が、ゆっくりと抜けていく。
(……やはり、ああなった)
驚きはない。
予想通りだった。
オスカーは、自分を肯定する相手を選んだ。
それだけのこと。
(でも)
彼女は、歩みを止めずに思う。
(あの人は、
“何も言わない”ということの意味を、
最後まで理解しない)
マルティナは、もう振り返らなかった。
王太子の隣に立つ場所は、
とっくに空席になっている。
そして、その席に座ろうとする者が、
どんな存在なのか――
それを知るのは、
もう少し先の話だった。
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