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第18話 「答えなかったのは、どちらだったか」
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第18話 「答えなかったのは、どちらだったか」
その日は、いつもより静かだった。
王城の廊下を行き交う人間が、少ない。
偶然ではない。
オスカー・フォン・ルーヴェンが、
人払いを命じたからだ。
執務室には、二人だけ。
向かい合う机を挟んで、
オスカーとフローラ・エヴァンスは座っていた。
護衛も、側近もいない。
それだけで、
この場が“特別”であることは明らかだった。
「……急に、二人きりとは」
フローラが、柔らかく微笑む。
「珍しいですね、殿下」
その声は、
これまでと変わらない。
だが、
オスカーの目には、
それが“作られた音”に見え始めていた。
「聞きたいことがある」
オスカーは、前置きをしなかった。
怒気も、威圧もない。
ただ、静かだ。
「何でしょう」
即答。
いつも通りの反応。
オスカーは、
机の上に、一枚の紙を置いた。
地方商会の調査報告。
フローラの名が、
間接的に出てきた記録。
「これは?」
質問は、短い。
フローラは、
紙に目を落とす。
――一瞬。
ほんの、
ほんの一瞬だけ。
表情が、止まった。
だが、
すぐに戻る。
「存じません」
静かな否定。
「私の名を騙った人物が、
いたのでしょう」
もっともらしい答え。
オスカーは、
否定しない。
次に、
別の紙を置く。
推薦状の写し。
「これは?」
「……私の後見人が、
手配したものです」
声は、安定している。
理屈も、通っている。
オスカーは、
ゆっくりと頷いた。
「そうか」
それだけ言って、
次の紙を出す。
匿名で届いた比較表。
関税。
交易。
数字のズレ。
「これは?」
今度は、
フローラが即答しなかった。
間が、
生まれる。
「……制度変更直後の、
自然な誤差です」
昨日と同じ答え。
だが、
オスカーは、
もう一歩、踏み込む。
「君は、
本当にそう思っているのか?」
声は、低い。
責めていない。
だが、
逃がしてもいない。
フローラは、
視線を上げた。
オスカーと、
目が合う。
ここで、
初めて。
肯定が、出なかった。
「……殿下」
フローラは、
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「私は、
殿下が、
迷われないことが、
最善だと考えています」
それは、
答えではない。
オスカーは、
気づいた。
「……それは、
俺の質問への答えじゃない」
静かな指摘。
フローラの指が、
机の縁を掴む。
微かに。
それを、
オスカーは見逃さなかった。
「俺は、
君の考えを聞いた」
「支持ではなく」
沈黙が、落ちる。
長い、沈黙。
逃げ場は、
どこにもない。
フローラは、
初めて、
視線を逸らした。
「……私の考えは、
殿下のためになるものです」
それは、
答えになっていない。
オスカーは、
深く息を吐いた。
「なあ、フローラ」
声が、少しだけ柔らかくなる。
「俺は、
君に、
助けられてきたと思っている」
それは、
本音だった。
「迷わずに済んだ」
「考えなくて済んだ」
「責められずに済んだ」
オスカーは、
言葉を続ける。
「……でも、
今は、
それが、
怖い」
フローラの瞳が、
わずかに揺れた。
「君は、
俺が間違っても、
止めないだろう?」
その問いは、
刃のように鋭い。
フローラは、
答えなかった。
答えられなかった。
それ自体が、
答えだった。
「……分かった」
オスカーは、
ゆっくりと立ち上がる。
「今日は、
ここまでにしよう」
追及は、しない。
だが、
信頼も、
元には戻らない。
フローラは、
一礼する。
「……失礼します」
執務室を出た瞬間、
彼は、
肩で息をした。
(……危険だ)
ここまで、
踏み込まれるとは、
想定していなかった。
(だが、
まだ終わっていない)
真実は、
暴かれていない。
疑念は、
まだ“疑念”だ。
一方。
オスカーは、
一人、執務室に残っていた。
机の上には、
並べられた書類。
そして、
フローラの座っていた椅子。
「……答えなかった」
彼は、
呟く。
「一つも」
それは、
告発ではない。
裁きでもない。
ただの、
事実だった。
オスカーは、
初めて理解する。
これまで、
自分は“選んでいなかった”。
考えを、
委ねていた。
疑問を、
置き去りにしていた。
だが今、
問いは、
自分の手に戻っている。
「……次は」
彼は、
静かに言った。
「俺が、
選ぶ番だ」
その言葉は、
宣言ではない。
だが、
後戻りできない地点を、
確実に越えたことを示していた。
仮面は、
まだ剥がれていない。
だが。
問いを拒まなかった時点で、
すでに、
完璧ではなくなっている。
そして――
オスカー・フォン・ルーヴェンは、
初めて、
“考える王太子”に戻りかけていた。
---
その日は、いつもより静かだった。
王城の廊下を行き交う人間が、少ない。
偶然ではない。
オスカー・フォン・ルーヴェンが、
人払いを命じたからだ。
執務室には、二人だけ。
向かい合う机を挟んで、
オスカーとフローラ・エヴァンスは座っていた。
護衛も、側近もいない。
それだけで、
この場が“特別”であることは明らかだった。
「……急に、二人きりとは」
フローラが、柔らかく微笑む。
「珍しいですね、殿下」
その声は、
これまでと変わらない。
だが、
オスカーの目には、
それが“作られた音”に見え始めていた。
「聞きたいことがある」
オスカーは、前置きをしなかった。
怒気も、威圧もない。
ただ、静かだ。
「何でしょう」
即答。
いつも通りの反応。
オスカーは、
机の上に、一枚の紙を置いた。
地方商会の調査報告。
フローラの名が、
間接的に出てきた記録。
「これは?」
質問は、短い。
フローラは、
紙に目を落とす。
――一瞬。
ほんの、
ほんの一瞬だけ。
表情が、止まった。
だが、
すぐに戻る。
「存じません」
静かな否定。
「私の名を騙った人物が、
いたのでしょう」
もっともらしい答え。
オスカーは、
否定しない。
次に、
別の紙を置く。
推薦状の写し。
「これは?」
「……私の後見人が、
手配したものです」
声は、安定している。
理屈も、通っている。
オスカーは、
ゆっくりと頷いた。
「そうか」
それだけ言って、
次の紙を出す。
匿名で届いた比較表。
関税。
交易。
数字のズレ。
「これは?」
今度は、
フローラが即答しなかった。
間が、
生まれる。
「……制度変更直後の、
自然な誤差です」
昨日と同じ答え。
だが、
オスカーは、
もう一歩、踏み込む。
「君は、
本当にそう思っているのか?」
声は、低い。
責めていない。
だが、
逃がしてもいない。
フローラは、
視線を上げた。
オスカーと、
目が合う。
ここで、
初めて。
肯定が、出なかった。
「……殿下」
フローラは、
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「私は、
殿下が、
迷われないことが、
最善だと考えています」
それは、
答えではない。
オスカーは、
気づいた。
「……それは、
俺の質問への答えじゃない」
静かな指摘。
フローラの指が、
机の縁を掴む。
微かに。
それを、
オスカーは見逃さなかった。
「俺は、
君の考えを聞いた」
「支持ではなく」
沈黙が、落ちる。
長い、沈黙。
逃げ場は、
どこにもない。
フローラは、
初めて、
視線を逸らした。
「……私の考えは、
殿下のためになるものです」
それは、
答えになっていない。
オスカーは、
深く息を吐いた。
「なあ、フローラ」
声が、少しだけ柔らかくなる。
「俺は、
君に、
助けられてきたと思っている」
それは、
本音だった。
「迷わずに済んだ」
「考えなくて済んだ」
「責められずに済んだ」
オスカーは、
言葉を続ける。
「……でも、
今は、
それが、
怖い」
フローラの瞳が、
わずかに揺れた。
「君は、
俺が間違っても、
止めないだろう?」
その問いは、
刃のように鋭い。
フローラは、
答えなかった。
答えられなかった。
それ自体が、
答えだった。
「……分かった」
オスカーは、
ゆっくりと立ち上がる。
「今日は、
ここまでにしよう」
追及は、しない。
だが、
信頼も、
元には戻らない。
フローラは、
一礼する。
「……失礼します」
執務室を出た瞬間、
彼は、
肩で息をした。
(……危険だ)
ここまで、
踏み込まれるとは、
想定していなかった。
(だが、
まだ終わっていない)
真実は、
暴かれていない。
疑念は、
まだ“疑念”だ。
一方。
オスカーは、
一人、執務室に残っていた。
机の上には、
並べられた書類。
そして、
フローラの座っていた椅子。
「……答えなかった」
彼は、
呟く。
「一つも」
それは、
告発ではない。
裁きでもない。
ただの、
事実だった。
オスカーは、
初めて理解する。
これまで、
自分は“選んでいなかった”。
考えを、
委ねていた。
疑問を、
置き去りにしていた。
だが今、
問いは、
自分の手に戻っている。
「……次は」
彼は、
静かに言った。
「俺が、
選ぶ番だ」
その言葉は、
宣言ではない。
だが、
後戻りできない地点を、
確実に越えたことを示していた。
仮面は、
まだ剥がれていない。
だが。
問いを拒まなかった時点で、
すでに、
完璧ではなくなっている。
そして――
オスカー・フォン・ルーヴェンは、
初めて、
“考える王太子”に戻りかけていた。
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