『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾

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第27話「それは、公式に破棄された」

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第27話「それは、公式に破棄された」

 その発表は、
 朝の評議会が終わった直後に行われた。

 華やかな広間ではない。
 祝祭用の玉座の間でもない。

 ――公文書閲覧室。

 記録を残すための場所。

 つまり、
 取り消しが効かない場だ。

 集められたのは、
 最低限の立会人。

 国王。
 法務官。
 書記官。
 そして――
 オスカー・フォン・ルーヴェン。

 彼は、
 中央に立っていた。

 誰にも支えられず、
 誰にも庇われず。

 それが、
 彼に課された立場だった。

「……これより、
 王太子オスカー・フォン・ルーヴェンと
 フローラ・エヴァンスの婚約について」

 法務官が、
 淡々と読み上げる。

「当該婚約は、
 身分詐称および
 国家欺罔行為に基づくものであり」

「成立要件を
 満たしていないことが
 確認された」

 書記官の羽ペンが、
 紙を走る音だけが、
 室内に響く。

「よって、
 本婚約は――
 即時、無効とする」

 その一文が、
 記録に刻まれた瞬間。

 オスカーの中で、
 何かが、
 はっきりと終わった。

 ――理想。
 ――見ないふり。
 ――選んでいるつもりだった傲慢。

 すべてが、
 紙の上で、
 消された。

「……王太子」

 国王が、
 低い声で呼ぶ。

「この婚約は、
 お前の判断によって
 進められたものだ」

 逃げ道は、
 最初からない。

 オスカーは、
 一歩前に出て、
 深く頭を下げた。

「……はい」

「責任を、
 どう取る?」

 沈黙。

 だが、
 彼は迷わなかった。

「王太子としての
 判断権限を、
 一時的に返上します」

 書記官の手が、
 一瞬、止まる。

 法務官が、
 視線を上げた。

 それは、
 自ら地位を削る宣言だった。

「また、
 この件に関する
 すべての非難を
 甘んじて受けます」

 声は、
 震えていない。

「被害を受けた者が
 いるのなら、
 その責任も」

 国王は、
 しばらく彼を見つめ、
 やがて、
 小さく頷いた。

「……記録せよ」

 それだけで、
 十分だった。

 婚約は、
 破棄された。

 だが、
 美談にはならなかった。

 それが、
 最大のざまぁだった。

 一方。

 同じ時間。

 マルティナ・ヴァインベルクは、
 自邸の書斎で、
 一通の公文書を受け取っていた。

 封蝋を切り、
 目を通す。

(……公式、ね)

 内容は、
 簡潔だった。

 ・フローラ・エヴァンスとの婚約無効
 ・調査結果の概要
・関係者への注意喚起

 マルティナは、
 静かに息を吐く。

(やっと、
 “私事”から
 切り離された)

 これで、
 自分は
 完全に部外者だ。

 ――本来あるべき位置に
 戻っただけ。

 だが。

 公文書の末尾に、
 一文だけ、
 付け加えられていた。

「本件において、
 マルティナ・ヴァインベルクは
 一切の関与なしと
 公式に確認された」

 それを読んだ瞬間、
 彼女は、
 ほんのわずか、
 眉を上げた。

(……そう来たか)

 守るための一文。

 だが、
 同時に、
 評価が反転する一文でもある。

 ――あれほど近くにいて、
 巻き込まれていない。

 ――距離を取っていた。

 ――正しかった。

 何も言わず、
 何も訴えず。

 それだけで、
 評価は、
 勝手に動き始める。

 一方。

 王城では、
 すでに噂が
 走り始めていた。

「婚約、
 無効だって」

「国家案件だったらしい」

「王太子、
 自分で責任取ったって」

 誰も、
 フローラを
 可哀想とは言わない。

 誰も、
 オスカーを
 英雄とは呼ばない。

 それが、
 現実だった。

 夜。

 オスカーは、
 一人、
 自室にいた。

 机の上には、
 何もない。

 いや。

 一つだけ、
 残してあった。

 ――マルティナ宛ての、
 未送信の手紙。

 何度も、
 書き直した跡。

 だが、
 結局、
 彼は封をしなかった。

「……今更だな」

 呟いて、
 引き出しにしまう。

 婚約は、
 公式に破棄された。

 だが。

 失った信頼は、
 破棄では終わらない。

 それを、
 彼は、
 痛いほど理解していた。

 そして。

 物語は、
 次の段階へ進む。

 ――誰が、
 何を選ぶのか。

 もう、
 誤魔化しは、
 効かない。


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