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第38話「名を出さずに、影は伸びる」
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第38話「名を出さずに、影は伸びる」
最初に異変を口にしたのは、商務局の中堅官僚だった。
「……ミュールの件ですが」
会議室の空気が、わずかに張る。
その都市名は、最近になって妙な頻度で出てくる。
「数字は、依然として安定しています」
「むしろ、
我が王都経由の流通より
効率が良い」
その言葉に、
年配の重臣が眉をひそめた。
「それは……
褒めているのか?」
「事実です」
官僚は、淡々と続ける。
「しかも、
特定の人物が
前に出ていない」
「責任者は誰だ?」
「それが……
明確ではありません」
会議室に、沈黙が落ちた。
責任者がいない成功。
それは、王都にとって
最も扱いづらい形だった。
「……危険だな」
誰かが、そう呟いた。
「危険、とは?」
「統制が取れない」
「成功の理由が
個人に紐づかない」
「つまり――
止められない」
その指摘に、
誰も反論できなかった。
一方。
権限停止中の
オスカー・フォン・ルーヴェンは、
その報告を
別室で聞いていた。
(……同じだ)
胸の奥で、
鈍い痛みが走る。
(彼女は、
名を出さない)
(だから、
誰も逆らえない)
マルティナ・ヴァインベルク。
彼女が王都にいた頃、
同じ構造が、
確かに存在していた。
だが当時は、
それを
“当たり前”だと
思っていた。
(失ってから、
分かるのか……)
苦い自嘲が、
喉に残る。
一方。
ミュールでは、
相変わらず
静かな日常が続いていた。
市場は活気づき、
だが過剰な熱狂はない。
マルティナは、
レオンハルトと共に
帳簿を確認していた。
「……王都から、
何か来ていますか?」
「正式な抗議は、
ありません」
「水面下では?」
「探りは、
あります」
レオンハルトは、
正直に答える。
「ですが、
誰の判断か
分からない以上、
踏み込めないようです」
マルティナは、
小さく頷いた。
「それでいい」
「え?」
「私の名前が出た瞬間、
話が変わる」
レオンハルトは、
一瞬、言葉を失う。
「……それは」
「王都にとっては、
“個人の影響力”になる」
「そうなれば、
対処できる」
彼女は、
静かに続けた。
「でも、
今は違う」
「仕組みとして
動いている」
だからこそ、
厄介なのだ。
「王都は、
“誰を止めればいいか”
分からない」
それは、
最大の防御だった。
その夜。
王城では、
非公式な会合が
開かれていた。
「……マルティナ様が
関わっている、
という噂もあります」
若い官僚が、
慎重に口を開く。
「証拠は?」
「ありません」
「なら、
噂だ」
即座に切り捨てられる。
だが――
否定は、
安心にはならなかった。
「……仮に、
彼女だとして」
老臣が言う。
「今の彼女を、
どう扱う?」
誰も、答えられない。
命じる立場ではない。
従わせる理由もない。
かといって、
排除する名目もない。
「……脅威だな」
誰かが、
低く言った。
「ええ」
「しかし、
敵ではない」
その矛盾が、
王都を縛る。
一方。
ミュールの夜は、
穏やかだった。
マルティナは、
宿の窓辺で
灯りを落としていた。
(……影は、
伸びている)
だが、
前に出るつもりはない。
(私は、
選ばれない)
(そして、
選ばせない)
それが、
彼女の立ち位置。
王都が恐れるのは、
彼女そのものではない。
彼女がいなくても
回り始めた世界だ。
そしてそれは、
もう、
止められない。
名を出さずに、
影は伸びる。
マルティナ・ヴァインベルクの影響は、
王都にとって
静かな“警告”となり始めていた。
最初に異変を口にしたのは、商務局の中堅官僚だった。
「……ミュールの件ですが」
会議室の空気が、わずかに張る。
その都市名は、最近になって妙な頻度で出てくる。
「数字は、依然として安定しています」
「むしろ、
我が王都経由の流通より
効率が良い」
その言葉に、
年配の重臣が眉をひそめた。
「それは……
褒めているのか?」
「事実です」
官僚は、淡々と続ける。
「しかも、
特定の人物が
前に出ていない」
「責任者は誰だ?」
「それが……
明確ではありません」
会議室に、沈黙が落ちた。
責任者がいない成功。
それは、王都にとって
最も扱いづらい形だった。
「……危険だな」
誰かが、そう呟いた。
「危険、とは?」
「統制が取れない」
「成功の理由が
個人に紐づかない」
「つまり――
止められない」
その指摘に、
誰も反論できなかった。
一方。
権限停止中の
オスカー・フォン・ルーヴェンは、
その報告を
別室で聞いていた。
(……同じだ)
胸の奥で、
鈍い痛みが走る。
(彼女は、
名を出さない)
(だから、
誰も逆らえない)
マルティナ・ヴァインベルク。
彼女が王都にいた頃、
同じ構造が、
確かに存在していた。
だが当時は、
それを
“当たり前”だと
思っていた。
(失ってから、
分かるのか……)
苦い自嘲が、
喉に残る。
一方。
ミュールでは、
相変わらず
静かな日常が続いていた。
市場は活気づき、
だが過剰な熱狂はない。
マルティナは、
レオンハルトと共に
帳簿を確認していた。
「……王都から、
何か来ていますか?」
「正式な抗議は、
ありません」
「水面下では?」
「探りは、
あります」
レオンハルトは、
正直に答える。
「ですが、
誰の判断か
分からない以上、
踏み込めないようです」
マルティナは、
小さく頷いた。
「それでいい」
「え?」
「私の名前が出た瞬間、
話が変わる」
レオンハルトは、
一瞬、言葉を失う。
「……それは」
「王都にとっては、
“個人の影響力”になる」
「そうなれば、
対処できる」
彼女は、
静かに続けた。
「でも、
今は違う」
「仕組みとして
動いている」
だからこそ、
厄介なのだ。
「王都は、
“誰を止めればいいか”
分からない」
それは、
最大の防御だった。
その夜。
王城では、
非公式な会合が
開かれていた。
「……マルティナ様が
関わっている、
という噂もあります」
若い官僚が、
慎重に口を開く。
「証拠は?」
「ありません」
「なら、
噂だ」
即座に切り捨てられる。
だが――
否定は、
安心にはならなかった。
「……仮に、
彼女だとして」
老臣が言う。
「今の彼女を、
どう扱う?」
誰も、答えられない。
命じる立場ではない。
従わせる理由もない。
かといって、
排除する名目もない。
「……脅威だな」
誰かが、
低く言った。
「ええ」
「しかし、
敵ではない」
その矛盾が、
王都を縛る。
一方。
ミュールの夜は、
穏やかだった。
マルティナは、
宿の窓辺で
灯りを落としていた。
(……影は、
伸びている)
だが、
前に出るつもりはない。
(私は、
選ばれない)
(そして、
選ばせない)
それが、
彼女の立ち位置。
王都が恐れるのは、
彼女そのものではない。
彼女がいなくても
回り始めた世界だ。
そしてそれは、
もう、
止められない。
名を出さずに、
影は伸びる。
マルティナ・ヴァインベルクの影響は、
王都にとって
静かな“警告”となり始めていた。
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