世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾

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第一話 貴族学院という幻想

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第一話 貴族学院という幻想

王都にある王立貴族学院は、しばしば「未来を担う若者たちの学び舎」と称される。
だがそれは、外向けの言葉に過ぎなかった。

この学院が担っている役割は明確だ。
貴族社会という、厳格な序列と責任によって成り立つ世界を、次の世代へそのまま引き渡すための装置である。

公爵家の子は公爵家の子として扱われ、王族は王族として遇される。
それは特別扱いではなく、将来背負う義務と責任の重さを、幼いうちから体に染み込ませるための訓練だった。

その日も、学院の中庭には身分ごとに自然な輪ができていた。
中央に近い場所には、公爵家や侯爵家の令嬢たち。
やや離れた場所に伯爵家。
さらに外側に男爵家や準貴族。

誰かが命じたわけではない。
長年の慣習が、無言のうちにそうさせている。

アリエノール・ダキテーヌ公爵令嬢は、その中心に立つ存在だった。

華やかな容姿や、際立つ才覚が理由ではない。
彼女の背後にあるもの――王国全土の三分の一にも及ぶ公爵領と、その軍事力、財力。
それを誰もが理解しているからこそ、自然と視線が集まる。

アリエノール自身は、そのことを誇るでもなく、卑下するでもなかった。
それは自分の意思とは無関係に与えられた立場であり、逃げることも、投げ出すこともできないものだと理解していたからだ。

「おはようございます、アリエノール様」

挨拶の声が重なる。
彼女は一人一人に、過不足のない返礼を返した。

その様子を、少し離れた場所から見つめる少女がいた。

聖女マリア。

平民出身でありながら、教会の推薦によってこの学院に通うことを許された存在だ。
柔らかな物腰と、誰に対しても分け隔てなく接する態度は、多くの生徒たちから好意的に受け取られていた。

マリアは、アリエノールを見つめながら、胸の奥に小さな違和感を抱いていた。

なぜ、同じ学院で学んでいるのに、
なぜ、同じ教室で授業を受けているのに、
人々は自然と距離を分けるのだろう。

勇気を出して、マリアはその輪に近づいた。

「おはようございます、皆さん」

朗らかな声だった。
だが、その一言で、空気がわずかに変わる。

無視されたわけではない。
露骨な拒絶もない。
ただ、数瞬の間が生まれただけだ。

アリエノールは、その変化にすぐ気づいた。

「おはようございます、マリアさん」

彼女は穏やかに声をかける。
それだけで、周囲の緊張がわずかに和らいだ。

マリアはほっとしたように微笑む。

「皆さんとお話しできて嬉しいです。学院では、身分なんて関係ありませんよね?」

その言葉は、悪意の欠片もなかった。
むしろ、善意に満ちていた。

だが、アリエノールは即座に理解する。

――このままでは、いけない。

「マリアさん」

声は静かで、柔らかい。
だが、その場にいる者たちは、彼女の言葉を待つように耳を傾けた。

「ここは、平等ではありませんわ」

マリアが目を見開く。

「それは、差別という意味ではありませんの」

アリエノールは続ける。

「立場によって、許される振る舞いと、求められる責任が違うのです」

「それを知らずに前に出ることは、あなたを守ることにはなりません」

その言葉は忠告だった。
命令でも、叱責でもない。

だがマリアには、それが冷たく響いた。

「……でも、それはおかしいと思います」

マリアは小さく首を振る。

「同じ人間なのに、同じ学生なのに、どうして違うんですか?」

周囲の令嬢たちは、困惑した表情で視線を逸らす。
誰も、この問いに答えようとしなかった。

アリエノールは、マリアを見つめたまま、ゆっくりと口を開く。

「違うからです」

「この国は、その違いの上に成り立っています」

それ以上、彼女は何も言わなかった。

マリアは唇を噛みしめ、その場を離れる。
その背中を見送りながら、アリエノールは胸の奥で小さく息を吐いた。

――伝えるべきことは、伝えた。

だが、聞き入れられるかどうかは、相手次第だ。

そしてこの瞬間、
誰も気づかないまま、
小さなすれ違いが、やがて国家を揺るがす歯車となって回り始めていた。

貴族学院は、今日も穏やかな日常を装っている。
その下で、決して平等ではない現実が、静かに息づいていることを知らぬまま。

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