世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾

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第二話 平等という信仰

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第二話 平等という信仰

マリアは、学院の回廊を一人で歩きながら、胸の奥に残る違和感をどうしても拭えずにいた。
朝の中庭で交わした、アリエノール・ダキテーヌ公爵令嬢との会話。その一つ一つが、頭の中で何度も反芻される。

――ここは、平等ではありませんわ。

その言葉は、静かで、穏やかで、決して人を傷つけるためのものではなかった。
それは、マリアにも理解できる。
理解できるからこそ、なおさら納得がいかなかった。

同じ机で学び、同じ教師の話を聞き、同じ課題を与えられている。
それなのに、なぜ最初から「違う」と決めつけられなければならないのか。

マリアは、聖堂で育った。
教会で教えられたのは、神の前ではすべての人が等しいという教えだった。
生まれや身分ではなく、行いと心が人を形作るのだと、何度も繰り返し聞かされてきた。

だからこそ、王立貴族学院に入学が決まったとき、彼女は希望を抱いた。
ここは、未来を担う者たちが集い、学ぶ場所。
ならば、理想が通じる場所なのだと、疑いもせずに信じていた。

「……おかしいわ」

思わず、独り言が漏れる。

学院の中では、誰もが礼儀正しい。
表向きの微笑みも、言葉遣いも整っている。
だが、その裏にある見えない線は、はっきりと存在していた。

席次。
会話の中心。
教師が名を呼ぶ順番。

どれもが、身分によって自然に決まっている。

マリアは、それを「古い慣習」だと思っていた。
変えていくべきものだと。
だから、恐れずに声を上げたつもりだった。

「みんな平等ですよね?」

その言葉が、あれほど場の空気を凍らせるとは、思っていなかった。

放課後、マリアは学院の礼拝室に立ち寄った。
静かな空間に身を置くと、心が少し落ち着く。
祈りの言葉を口にしながら、今日の出来事を神に委ねるような気持ちだった。

だが、祈れば祈るほど、アリエノールの言葉が浮かび上がる。

――それを知らずに前に出ることは、あなたを守ることにはなりません。

「守る……?」

マリアは首を傾げる。

誰から、何を守るというのだろう。
正しいことを言うのに、守られなければならない理由があるのだろうか。

彼女には、それが理解できなかった。

そのとき、礼拝室の扉が静かに開いた。

「ここにいたのか」

聞き覚えのある声に、マリアは顔を上げる。
そこに立っていたのは、ルイス王太子だった。

「殿下……」

慌てて立ち上がり、頭を下げる。
王太子は軽く手を振り、形式ばった礼を制した。

「そんなに畏まらなくていい。ここでは、誰も見ていない」

その言葉に、マリアは少し救われた気持ちになる。
彼は、他の貴族たちとは違う。
そう感じさせる何かがあった。

「どうした? 何か悩み事か」

マリアは一瞬、迷ったが、意を決して口を開いた。

「殿下は……学院は平等だと思われますか?」

ルイスは驚いたように目を瞬かせた後、すぐに笑みを浮かべる。

「もちろんだ。学ぶ場に、身分の差など持ち込むべきではない」

その即答に、マリアの胸が温かくなる。

「やはり、そうですよね」

「誰もが同じ学生だ。才能や努力で評価されるべきだろう」

ルイスの言葉は、マリアが信じてきた教えと重なっていた。
彼は王太子でありながら、理想を語ることをためらわない。
その姿が、まぶしく映る。

「でも……」

マリアは躊躇いながらも、続けた。

「アリエノール様は、違うとおっしゃいました」

その名を出した瞬間、ルイスの表情がわずかに曇る。

「彼女が?」

「はい。ここは平等ではない、と」

マリアは、あの場で感じた戸惑いと悲しさを、言葉を選びながら伝えた。
ルイスは黙って聞いていたが、次第に眉をひそめていく。

「それは……行き過ぎだな」

低く、しかしはっきりとした声だった。

「身分を理由に、人を遠ざけるなど、正しいはずがない」

その言葉に、マリアは強く頷いた。

「私も、そう思います。だから……」

「心配するな」

ルイスは断言する。

「そのようなことは、見過ごさない」

その瞬間、マリアの中で何かが確信に変わった。
正義は、ここにある。
自分は、間違っていない。

だがその確信が、どれほど危ういものかを、
彼女はまだ知らない。

礼拝室を出たあと、マリアは軽い足取りで廊下を歩いた。
背中には、守られているという安心感があった。

一方その頃、アリエノールは自室の机に向かい、静かに書類を読んでいた。
学院内の些細な動き。
生徒たちの関係性。

彼女はすでに、嫌な予感を覚えていた。

善意が、最も鋭い刃になることを。
理想が、現実を壊す引き金になることを。

それを知っているからこそ、
彼女はこれ以上、踏み込まなかった。

だが――
世界は、彼女一人の慎重さで止まるほど、優しくはない。

その夜、貴族学院は静かに眠りにつく。
平等という言葉が、
やがて国家を揺るがす重みを持つことも知らぬまま。
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