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第九話 廃嫡という選択肢
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第九話 廃嫡という選択肢
王城の鐘が、深夜を告げていた。
国王ルイ十二世は、まだ執務室を離れていなかった。
机の上には、封を切られていない書簡が三通。
すべて――公爵家からのものではない。
伯爵。侯爵。辺境伯。
いずれも、王家に長年仕えてきたはずの家だ。
だが、文面は共通していた。
> 「王太子殿下のご判断について、
我が家としては強い懸念を抱いております」
> 「エノー公爵家との関係が、
今後どのように整理されるのか、
明確な説明を求めます」
> 「教会が黙認するとは考えにくく、
事態を軽視すべきではありません」
国王は、最後の一通を読み終えると、静かに目を閉じた。
――始まった。
戦争ではない。
だが、戦争よりも厄介なもの。
立場の再編だ。
「……呼べ」
短く命じる。
ほどなくして、宰相が現れた。
「各地から、同様の書簡が届いております」
宰相の声は、感情を排していたが、
その内容が尋常でないことは、互いに理解している。
「エノー公爵は、まだ動かぬか」
「直接の声明はありません。
ただし――」
宰相は、一瞬だけ言葉を区切る。
「教会が、非公式に公爵側と接触しています」
国王の指が、机を叩いた。
「……最悪の組み合わせだな」
教会が公爵家を支持すれば、
王家は“正統性”を失う。
王位とは、
剣だけでは保てないものだからだ。
「王太子は?」
「自室に。
反省している様子は……
正直に申し上げて、見られません」
国王は、深く息を吐いた。
「“正しいことをした”と、思っているのだろう」
「はい」
「……愚かだ」
それは、父としての怒りではない。
王としての判断だった。
「宰相」
「は」
「選択肢を挙げよ」
宰相は、即答する。
「三つございます」
「第一。
王家として王太子の判断を支持し、
エノー公爵家と対峙する」
国王は、首を横に振った。
「滅びの道だ」
「第二。
王太子に全面的な謝罪をさせ、
婚約破棄を撤回する」
「遅い」
国王は、そう切り捨てる。
「言葉は、戻らぬ」
宰相は、最後の選択肢を告げた。
「第三。
王太子を廃嫡し、
王家としての責任を明確にする」
沈黙が落ちた。
それは、
王家が生き残るための、
トカゲの尻尾切りだった。
「……それで、公爵は納得するか」
「保証はありません」
宰相は、正直に答える。
「ですが、
それ以外に“交渉の席”を作る方法はありません」
国王は、しばらく黙考した後、
低く言った。
「準備を進めよ」
「正式決定ではない。
だが――
その覚悟は、固めておく」
その頃、王太子ルイスは、
自室で苛立ちを募らせていた。
「なぜだ……」
呟きは、独り言だ。
「正しいことをしたはずだ。
弱い者を守っただけだ」
彼の中では、
物語はまだ“恋愛”の延長にあった。
誰かが悪く、
誰かが正しく、
それで終わる話。
だから、理解できない。
なぜ、父が黙り込むのか。
なぜ、貴族たちが距離を取るのか。
なぜ、教会が沈黙しているのか。
そこへ、
一人の近侍が、恐る恐る告げた。
「殿下……
エノー公爵家より、
王家宛ての正式な通達が届いております」
「内容は?」
近侍は、視線を落とす。
「――
“正当な権利を求めるための準備に入る”
とのことです」
ルイスは、意味を理解できなかった。
「準備?
何のだ」
答えは、誰も教えてくれなかった。
同じ頃、
エノー公爵領。
アリエノールは、父の書斎に立っていた。
報告は、すでに済ませている。
今日、王太子が何を言い、
王家がどのように揺れているか。
公爵は、娘を見つめ、静かに問う。
「後悔はあるか」
アリエノールは、首を振った。
「ございません」
「ならば、良い」
公爵は、椅子から立ち上がる。
「王家は、
“判断”を迫られる」
「そして、
判断を誤れば――
支払うことになる」
それは、宣言だった。
剣を抜く宣言ではない。
だが、
契約を破った代償を、現実として突きつける
という意思表示だった。
この夜、
誰も血を流していない。
だが、
王国の運命は、
確実に――
廃嫡という言葉の周囲に、
引き寄せられ始めていた。
王城の鐘が、深夜を告げていた。
国王ルイ十二世は、まだ執務室を離れていなかった。
机の上には、封を切られていない書簡が三通。
すべて――公爵家からのものではない。
伯爵。侯爵。辺境伯。
いずれも、王家に長年仕えてきたはずの家だ。
だが、文面は共通していた。
> 「王太子殿下のご判断について、
我が家としては強い懸念を抱いております」
> 「エノー公爵家との関係が、
今後どのように整理されるのか、
明確な説明を求めます」
> 「教会が黙認するとは考えにくく、
事態を軽視すべきではありません」
国王は、最後の一通を読み終えると、静かに目を閉じた。
――始まった。
戦争ではない。
だが、戦争よりも厄介なもの。
立場の再編だ。
「……呼べ」
短く命じる。
ほどなくして、宰相が現れた。
「各地から、同様の書簡が届いております」
宰相の声は、感情を排していたが、
その内容が尋常でないことは、互いに理解している。
「エノー公爵は、まだ動かぬか」
「直接の声明はありません。
ただし――」
宰相は、一瞬だけ言葉を区切る。
「教会が、非公式に公爵側と接触しています」
国王の指が、机を叩いた。
「……最悪の組み合わせだな」
教会が公爵家を支持すれば、
王家は“正統性”を失う。
王位とは、
剣だけでは保てないものだからだ。
「王太子は?」
「自室に。
反省している様子は……
正直に申し上げて、見られません」
国王は、深く息を吐いた。
「“正しいことをした”と、思っているのだろう」
「はい」
「……愚かだ」
それは、父としての怒りではない。
王としての判断だった。
「宰相」
「は」
「選択肢を挙げよ」
宰相は、即答する。
「三つございます」
「第一。
王家として王太子の判断を支持し、
エノー公爵家と対峙する」
国王は、首を横に振った。
「滅びの道だ」
「第二。
王太子に全面的な謝罪をさせ、
婚約破棄を撤回する」
「遅い」
国王は、そう切り捨てる。
「言葉は、戻らぬ」
宰相は、最後の選択肢を告げた。
「第三。
王太子を廃嫡し、
王家としての責任を明確にする」
沈黙が落ちた。
それは、
王家が生き残るための、
トカゲの尻尾切りだった。
「……それで、公爵は納得するか」
「保証はありません」
宰相は、正直に答える。
「ですが、
それ以外に“交渉の席”を作る方法はありません」
国王は、しばらく黙考した後、
低く言った。
「準備を進めよ」
「正式決定ではない。
だが――
その覚悟は、固めておく」
その頃、王太子ルイスは、
自室で苛立ちを募らせていた。
「なぜだ……」
呟きは、独り言だ。
「正しいことをしたはずだ。
弱い者を守っただけだ」
彼の中では、
物語はまだ“恋愛”の延長にあった。
誰かが悪く、
誰かが正しく、
それで終わる話。
だから、理解できない。
なぜ、父が黙り込むのか。
なぜ、貴族たちが距離を取るのか。
なぜ、教会が沈黙しているのか。
そこへ、
一人の近侍が、恐る恐る告げた。
「殿下……
エノー公爵家より、
王家宛ての正式な通達が届いております」
「内容は?」
近侍は、視線を落とす。
「――
“正当な権利を求めるための準備に入る”
とのことです」
ルイスは、意味を理解できなかった。
「準備?
何のだ」
答えは、誰も教えてくれなかった。
同じ頃、
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アリエノールは、父の書斎に立っていた。
報告は、すでに済ませている。
今日、王太子が何を言い、
王家がどのように揺れているか。
公爵は、娘を見つめ、静かに問う。
「後悔はあるか」
アリエノールは、首を振った。
「ございません」
「ならば、良い」
公爵は、椅子から立ち上がる。
「王家は、
“判断”を迫られる」
「そして、
判断を誤れば――
支払うことになる」
それは、宣言だった。
剣を抜く宣言ではない。
だが、
契約を破った代償を、現実として突きつける
という意思表示だった。
この夜、
誰も血を流していない。
だが、
王国の運命は、
確実に――
廃嫡という言葉の周囲に、
引き寄せられ始めていた。
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