世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾

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第十話 裁かれる順番

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第十話 裁かれる順番

朝の王城は、異様なほど静かだった。

人の往来はある。
侍女も、近衛も、官吏も動いている。
だが――誰もが、声を潜めていた。

理由は一つ。

王が、動いたからだ。

国王ルイ十二世は、この日、通常の政務をすべて取りやめていた。
代わりに召集されたのは、
王国最高法廷、枢密院、そして教会代表。

これは、裁判ではない。
だが、裁判以上に重い。

「責任の所在を確定する場」だった。

「まず確認する」

国王は、集まった者たちを見渡し、告げる。

「本件は、
 学院内の人間関係を裁く場ではない」

「王太子が、
 いかなる権限をもって、
 婚約破棄を口にしたのか――
 そこを明らかにする」

誰も異を唱えない。

なぜなら、それが問題の核心だからだ。

宰相が、書簡を読み上げる。

「王太子ルイス殿下は、
 公の場において、
 アリエノール・ダキテーヌ公爵令嬢に対し、
 婚約破棄を前提とした断罪を行いました」

「これは、
 国王陛下の承認、
 貴族院の議決、
 教会の裁可――
 いずれも経ておりません」

場の空気が、さらに引き締まる。

教会代表の司教が、静かに言った。

「教会としては、
 その発言を
 婚姻契約に対する重大な越権行為
 と認定します」

「仮に、
 公爵令嬢に非があったとしても、
 婚約破棄の判断は、
 王太子単独では行えません」

それは、
王太子の“善意”や“未熟さ”では、
どうにもならない事実だった。

「つまり――」

国王が、結論を言葉にする。

「王太子は、
 王家がまだ下していない裁定を、
 先に宣告したということだ」

沈黙。

それは、
王の権威を簒奪したに等しい行為だった。

「では、次に」

国王は、視線を落とし、続ける。

「なぜ、
 そのような発言に至ったのか」

「原因となった人物について、
 確認する」

名前は、すでに分かっている。

「――マリア・アルノー」

その名が告げられた瞬間、
場の空気が、わずかに変わった。

「下位貴族出身。
 学院在籍中、
 “聖女”として王太子の庇護を受けていた」

宰相が淡々と続ける。

「彼女は、
 アリエノール公爵令嬢による
 “いじめ”を訴え、
 その訴えが、
 王太子の発言の直接の契機となりました」

司教が、静かに問いを重ねる。

「その訴えは、
 調査されたのですか」

「いいえ」

即答だった。

「調査は、
 王太子の発言の“後”に、
 ようやく開始されました」

司教は、目を閉じる。

「……順番が、
 完全に逆です」

その言葉が、
すべてを物語っていた。

裁かれるべきは、
まず事実。

その次に、
責任。

だが、今回――
感情が、裁定を追い越した。

国王は、重く言った。

「よって、
 本件の第一責任者は、
 王太子ルイスである」

誰も反論しない。

「そして」

国王の視線が、冷たくなる。

「王太子を誤った判断へ導いた存在についても、
 王家として、
 責任を取らせねばならない」

「マリア・アルノーは、
 本日をもって、
 身柄を拘束する」

その宣言は、
淡々としていた。

情けも、怒りもない。

ただ、
秩序を戻すための処理。

同時刻、
学院の一室。

マリアは、突然現れた近衛兵を前に、
言葉を失っていた。

「……どうして……?」

問いは、宙に落ちる。

答えを与える者はいない。

彼女は、
悪意を持っていたわけではない。

ただ――
世界を、
自分に都合よく理解していただけだった。

だが、
それで許されるほど、
この国の仕組みは、
優しくはない。

一方、
エノー公爵邸では、
報告を受けた公爵が、静かに頷いていた。

「順番を、
 取り戻し始めたか」

アリエノールは、父の横で、
窓の外を見ている。

まだ、何も終わっていない。

王太子は、まだ王太子だ。
裁きは、まだ途中だ。

だが――

「……遅すぎますわね」

その呟きは、
誰に向けたものでもなかった。

この国は今、
ようやく――
裁かれるべき順番を、
思い出したばかりなのだから。
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