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第十六話 交渉の席につく者
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第十六話 交渉の席につく者
王城に、久しぶりに「正式な来客」が訪れた。
武装した行列ではない。
旗を掲げることもない。
だが、その到着は、どの凱旋よりも重かった。
――エノー公爵。
王国において、王に次ぐ者。
あるいは、並び立つ者。
その入城は、
「勝者の訪問」ではなく、
対等な当事者が、交渉の席につくための到着だった。
王城の謁見の間には、
国王ルイ十二世、宰相、法務卿、軍務卿、
そして教会代表の大司教が揃っていた。
これは、私的な会談ではない。
国家対国家の協議だ。
「遠路、感謝する」
国王が先に口を開いた。
礼節は、崩さない。
だが、立場も誤魔化さない。
「廃嫡の件、
決断としては受け取った」
エノー公爵は、そう応じる。
声は低く、感情を含まない。
「だが、
それは“出発点”に過ぎぬ」
国王は、頷いた。
「承知している」
「だからこそ、
本日この席を設けた」
宰相が、書類を差し出す。
「王家としての正式な提案です」
内容は三点。
一つ、
王家は、今回の婚約破棄騒動における
責任が王太子個人にあったことを公式に認める。
一つ、
エノー公爵家の名誉は完全に回復されたことを
王国全土に布告する。
そして最後に――
「賠償として、
王家直轄領の一部を
公爵家に譲渡する」
その言葉に、
周囲の重臣たちは一瞬だけ息を詰めた。
だが、エノー公爵は、
驚いた様子を見せない。
「当然だな」
短い言葉。
「契約を破った以上、
代価が必要だ」
大司教が、静かに補足する。
「教会としても、
この条件は妥当と判断します」
それは、
王家がこれ以上後退できないことを
暗に示す言葉でもあった。
国王は、視線を落とし、
そして、はっきりと告げる。
「だが、
それでも一つ、
確認したい」
「貴殿は、
戦を望んでいるのか」
エノー公爵は、
少しだけ目を細めた。
「望んでなどいない」
即答だった。
「戦争は、
利益よりも損失が大きい」
「私は、
娘の名誉と、
家の契約が守られることを望むだけだ」
その言葉に、
国王は、ほんのわずかに安堵した。
だが、次の言葉が続く。
「だが――」
「それが叶わぬなら、
戦になるだけだ」
脅しではない。
事実の確認だった。
そのとき、
一歩後ろに控えていたアリエノールが、
静かに前に出た。
この場で、
彼女が発言することは予定されていない。
だが、誰も止めなかった。
「陛下」
落ち着いた声。
「一つ、
明確にしておきたいことがございます」
国王は、視線を向ける。
「今回の件で、
私どもが求めているのは、
報復ではありません」
「“今後、同じことが起きない”
その保証です」
場が、静まる。
それは、
最も重く、
最も避けられてきた要求だった。
「婚約とは、
個人の感情ではなく、
国家の契約である」
「それを破る言葉が、
どの立場の者の口から出ても、
同じ結果を生むことを――
制度として、明文化していただきたいのです」
沈黙の後、
大司教が、ゆっくりと頷いた。
「教会としても、
同意します」
「再発防止なくして、
和解はありえません」
国王は、
しばらく考え、
そして答えた。
「分かった」
「王家と教会、
貴族院の三者による
婚姻契約承認制度を設けよう」
「王太子であろうと、
国王であろうと、
単独では破棄できぬようにする」
その瞬間、
交渉の空気が変わった。
これは、
勝ち負けの話ではない。
世界の前提を書き換える合意だった。
アリエノールは、
小さく一礼する。
「それで結構ですわ」
その言葉に、
エノー公爵は、何も言わず頷いた。
剣は抜かれなかった。
血も流れなかった。
だがこの日、
王国は確かに――
力によって、秩序を再定義した。
そして、
その中心にいたのは、
もはや“元婚約者”ではなく。
国家の一当事者として立つ、
アリエノール・ダキテーヌだった。
王城に、久しぶりに「正式な来客」が訪れた。
武装した行列ではない。
旗を掲げることもない。
だが、その到着は、どの凱旋よりも重かった。
――エノー公爵。
王国において、王に次ぐ者。
あるいは、並び立つ者。
その入城は、
「勝者の訪問」ではなく、
対等な当事者が、交渉の席につくための到着だった。
王城の謁見の間には、
国王ルイ十二世、宰相、法務卿、軍務卿、
そして教会代表の大司教が揃っていた。
これは、私的な会談ではない。
国家対国家の協議だ。
「遠路、感謝する」
国王が先に口を開いた。
礼節は、崩さない。
だが、立場も誤魔化さない。
「廃嫡の件、
決断としては受け取った」
エノー公爵は、そう応じる。
声は低く、感情を含まない。
「だが、
それは“出発点”に過ぎぬ」
国王は、頷いた。
「承知している」
「だからこそ、
本日この席を設けた」
宰相が、書類を差し出す。
「王家としての正式な提案です」
内容は三点。
一つ、
王家は、今回の婚約破棄騒動における
責任が王太子個人にあったことを公式に認める。
一つ、
エノー公爵家の名誉は完全に回復されたことを
王国全土に布告する。
そして最後に――
「賠償として、
王家直轄領の一部を
公爵家に譲渡する」
その言葉に、
周囲の重臣たちは一瞬だけ息を詰めた。
だが、エノー公爵は、
驚いた様子を見せない。
「当然だな」
短い言葉。
「契約を破った以上、
代価が必要だ」
大司教が、静かに補足する。
「教会としても、
この条件は妥当と判断します」
それは、
王家がこれ以上後退できないことを
暗に示す言葉でもあった。
国王は、視線を落とし、
そして、はっきりと告げる。
「だが、
それでも一つ、
確認したい」
「貴殿は、
戦を望んでいるのか」
エノー公爵は、
少しだけ目を細めた。
「望んでなどいない」
即答だった。
「戦争は、
利益よりも損失が大きい」
「私は、
娘の名誉と、
家の契約が守られることを望むだけだ」
その言葉に、
国王は、ほんのわずかに安堵した。
だが、次の言葉が続く。
「だが――」
「それが叶わぬなら、
戦になるだけだ」
脅しではない。
事実の確認だった。
そのとき、
一歩後ろに控えていたアリエノールが、
静かに前に出た。
この場で、
彼女が発言することは予定されていない。
だが、誰も止めなかった。
「陛下」
落ち着いた声。
「一つ、
明確にしておきたいことがございます」
国王は、視線を向ける。
「今回の件で、
私どもが求めているのは、
報復ではありません」
「“今後、同じことが起きない”
その保証です」
場が、静まる。
それは、
最も重く、
最も避けられてきた要求だった。
「婚約とは、
個人の感情ではなく、
国家の契約である」
「それを破る言葉が、
どの立場の者の口から出ても、
同じ結果を生むことを――
制度として、明文化していただきたいのです」
沈黙の後、
大司教が、ゆっくりと頷いた。
「教会としても、
同意します」
「再発防止なくして、
和解はありえません」
国王は、
しばらく考え、
そして答えた。
「分かった」
「王家と教会、
貴族院の三者による
婚姻契約承認制度を設けよう」
「王太子であろうと、
国王であろうと、
単独では破棄できぬようにする」
その瞬間、
交渉の空気が変わった。
これは、
勝ち負けの話ではない。
世界の前提を書き換える合意だった。
アリエノールは、
小さく一礼する。
「それで結構ですわ」
その言葉に、
エノー公爵は、何も言わず頷いた。
剣は抜かれなかった。
血も流れなかった。
だがこの日、
王国は確かに――
力によって、秩序を再定義した。
そして、
その中心にいたのは、
もはや“元婚約者”ではなく。
国家の一当事者として立つ、
アリエノール・ダキテーヌだった。
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