世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾

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第十七話 名前を取り戻すということ

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第十七話 名前を取り戻すということ

交渉が終わった翌朝、王都は不思議な静けさに包まれていた。

歓声も、怒号もない。
ただ、噂だけが速く、正確に広がっていく。

――廃嫡は正式に確定。
――エノー公爵家との交渉は成立。
――戦争は、回避された。

それらはすべて事実だった。
だが、人々が最も関心を寄せていたのは、別の一点だった。

アリエノール・ダキテーヌは、どうなったのか。

王城の掲示板に貼り出された文書は、簡潔で、逃げ道のない内容だった。

> 「アリエノール・ダキテーヌ公爵令嬢に対する
すべての非難は根拠を欠くものであり、
彼女の名誉は完全に回復された」



> 「本件における王家の不手際を認め、
公爵家ならびに本人に対し、
深い遺憾の意を表する」



“謝罪”という言葉は使われていない。
だが、政治の世界では、それで十分だった。

貴族たちは理解する。

これは、
王家が公に頭を下げたという意味だ。

同じ頃、学院。

かつてアリエノールを遠巻きに見ていた生徒たちは、
今や、声をかけることすらためらっていた。

恐れではない。
畏れだ。

彼女は、
王太子を失脚させ、
国家の力関係を動かした存在になった。

もはや、
“学院の公爵令嬢”ではない。

その日の午後、
学院長はアリエノールを私室に呼び出した。

「復学についてだが……」

言い淀む学院長に、
アリエノールは静かに首を振る。

「結構ですわ」

「私は、
 ここで学ぶべきことを、
 すでに学びました」

それは、怒りでも失望でもない。
ただの、区切りだった。

「学院は、
 未来の貴族を育てる場所です」

「ですが私は、
 すでに“未来”ではなく、
 “現在”を生きる立場になりましたの」

学院長は、何も言えなかった。

その夜、エノー公爵邸。

アリエノールは、暖炉の前で一通の書簡を燃やしていた。
差出人は、ルイス――元王太子。

謝罪と後悔と、
「理解できなかった」という言葉が並んでいた。

彼女は、最初から最後まで読み、
それから、火にくべた。

「……遅すぎますわ」

救済の手を、
彼女が拒んだわけではない。

彼が、選び続けて拒んだ結果が、
今なのだ。

翌日、
エノー公爵領では、
新たな通達が出された。

アリエノール・ダキテーヌ。
公爵家正統後継者。
外交および契約に関する全権代理。

肩書きは、
もう“婚約者”ではない。

名を持つ当事者だ。

父は、執務室で娘に言った。

「お前は、
 すでに十分なものを得た」

「だが、
 まだ選択肢はある」

アリエノールは、微かに微笑む。

「ええ」

「私は、
 誰かに選ばれる立場ではなくなりました」

「――これからは、
 私が選びますわ」

窓の外では、
公爵領の旗が、静かに翻っている。

それは、
失ったものの象徴ではない。

取り戻した名前の証だった。

この日、アリエノールは、
婚約者でも、被害者でもなく。

ひとりの公爵令嬢として、
世界の中心に、
静かに立っていた。
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