世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない

鷹 綾

文字の大きさ
19 / 42

第十八話 再婚という最強の選択肢

しおりを挟む
第十八話 再婚という最強の選択肢

王都の社交界が、静かにざわめき始めたのは、
エノー公爵家からの一通の通知が出回ってからだった。

内容は短い。
だが、破壊力は絶大だった。

> 「エノー公爵家は、
今後の外交的選択肢として、
婚姻を含む同盟の再構築を検討する」



名は、出ていない。
だが、誰もが理解した。

――アリエノール・ダキテーヌの再婚が、現実の選択肢になった。

それは、恋の話ではない。
地図が書き換わる話だった。

王城の執務室で、国王ルイ十二世は報告書を読み、静かに目を閉じた。

「……来たか」

宰相が、低い声で補足する。

「すでに三か国から、非公式の打診が届いております」

「隣国ブリテン王国。
 北方連合。
 そして、帝国」

国王の指が、机を軽く叩いた。

「どこも、
 “彼女自身”ではなく、
 “彼女が持つもの”を見ているな」

宰相は否定しない。

「エノー公爵領。
 王国領土の三分の一。
 軍、財政、港湾、交易路」

「彼女は、
 それを“正当に動かせる名義”を持つ唯一の人物です」

国王は、苦く笑った。

「王太子の婚約を失って、
 王家はそれを完全に手放した、ということか」

それは、事実だった。

同じ頃、エノー公爵邸。

アリエノールは、父と向かい合い、
広げられた地図を見つめていた。

赤と青の線。
交易路。
軍事拠点。
国境線。

「候補は、
 すでに分かっていますわね」

公爵は、頷く。

「ブリテン王――
 アンジュー伯ヘンリー」

その名が出た瞬間、
空気が変わる。

「王国にとって、
 最も都合の悪い相手です」

「だが――」

アリエノールが、静かに言葉を継ぐ。

「最も、
 対等に契約できる相手でもある」

ブリテン王は、若く、野心家で、現実主義者。
感情よりも、契約を重んじる王。

そして何より――
王家に借りを作らない。

「彼と組めば、
 この国は、
 二度とエノー公爵家を軽んじられません」

公爵は、娘を見つめる。

「それは、
 この国に刃を向ける選択でもある」

アリエノールは、否定しない。

「刃を向けるのではありませんわ」

「“背中に刃がある”と、
 思い出させるだけです」

それが、
政治における抑止力だった。

数日後、
極秘裏に使者が動いた。

行き先は、
ブリテン王国。

書簡の差出人は、
エノー公爵家。

内容は、
驚くほど簡潔だった。

> 「婚姻を前提とした、
同盟の可能性について、
協議を求める」



返事は、早かった。

> 「八週間後、
正式な場を設けよう」



王都では、
まだ誰も知らない。

だが、
歴史の歯車は、
すでに大きく回り始めていた。

アリエノールは、
窓辺に立ち、夜空を見上げる。

「……恋は、自由で結構」

「けれど、
 国を動かすのは、
 選択ですわ」

彼女は、
もう誰かに選ばれる存在ではない。

選択によって、世界を動かす側だった。

そしてこの再婚話は、
元王太子の失恋譚でも、
復讐劇でもない。

――王国の未来を、外側から締め上げる一手。

それが、
アリエノール・ダキテーヌが選んだ、
最も現実的で、
最も残酷な答えだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

処理中です...