働きませんわ。それでも王妃になります

鷹 綾

文字の大きさ
22 / 39

22話 動かぬ中心

しおりを挟む
22話 動かぬ中心

 王都の空気は、穏やかに整っていた。

 市場は安定し、神殿の活動も続き、王宮の透明化は徐々に制度として根づき始めている。

 目立った混乱はない。

 だが静かな変化は、確実に進んでいた。

 それは「誰が中心なのか」という、目に見えない重心の移動だった。

 社交界では、舞踏会以降の話題が落ち着きを見せている。

 王太子と聖女の並びは自然なものとして受け止められ、王宮改革も評価されつつある。

 それでも、別の名が時折挙がる。

「やはりルヴァリエ公爵令嬢は格が違う」

「怒らず、騒がず、国を整えた」

「王太子と踊っても、何も求めなかったそうよ」

 それは噂ではなく、印象の共有だった。

 誰かが広めたわけではない。

 だが自然と、彼女の存在が「揺るがぬもの」として語られる。

 王宮では、アレクシスが書類に目を通していた。

「地方領主からの報告です」

 レオンが差し出す。

「税収は安定、穀物流通も正常」

「よし」

 アレクシスは頷く。

 理想を掲げたときよりも、今の方が数字は落ち着いている。

 透明化は痛みを伴ったが、信頼を生んだ。

「殿下」

 レオンが静かに言う。

「地方の貴族が、公爵家との協調を望む声を上げています」

「協調」

「対等な関係の象徴として」

 アレクシスは一瞬だけ沈黙する。

 対等。

 あの言葉が、今や政治的な意味を持ち始めている。

「私は、彼女に何も与えていない」

 ふと漏らす。

「与える必要はないのでは」

「なぜだ」

「彼女は求めておりません」

 それが、最も重い。

 求めない者は、縛れない。

 一方、ルヴァリエ公爵邸では、いつも通りの午後だった。

 エルフィーナは庭で書簡を読んでいる。

「地方伯爵家より、経済相談の依頼です」

 家宰が報告する。

「私に?」

「お嬢様の判断を仰ぎたいと」

 エルフィーナは小さく息をつく。

「私は経済顧問ではないわ」

「ですが、信用の象徴となっております」

「象徴は困るの」

 穏やかな声。

「私は働かないと決めているもの」

 それでも、現実は彼女を中心に置こうとする。

 怒らず、奪わず、騒がず。

 それでいて盤面を変えた存在。

 自然と重心になる。

「お断りになりますか」

「形式的な助言なら」

 彼女は考える。

「でも主導はしないわ」

 動かぬ中心であることと、動くことは違う。

 彼女は前に出ない。

 だが周囲は、その静けさに引き寄せられる。

 神殿では、リリアが孤児院の帳簿を確認していた。

「支援の透明化、問題ありません」

 修道女が報告する。

「良かった」

 リリアは微笑む。

 だが胸の奥には、別の感情がある。

 王太子の理想は尊い。

 だが安定をもたらしたのは、冷静な条件提示だった。

「強さには種類があるのですね」

 彼女は小さく呟く。

 王宮の塔の上で、アレクシスは夜風に当たっていた。

 王都は静かだ。

 安定している。

 自分が選び、受け入れ、動いた結果。

 だがその起点は、動かなかった者だった。

「殿下は、まだ迷われていますか」

 レオンの問い。

「迷ってはいない」

 だが声は少し低い。

「ただ、理解している途中だ」

「何を」

「動かぬ強さを」

 選ばれない強さ。

 求めない強さ。

 対等を貫く強さ。

 それは理想とは別の種類の力だ。

 一方、エルフィーナは夜の書斎で灯りを落とす前に、静かに窓を開けた。

 王都の灯りが見える。

「お嬢様、最近はよく王宮の方角をご覧になりますね」

 マリアが笑う。

「そうかしら」

 少しだけ考える。

「ただ、揺れていないか確認しているだけ」

 それは監視ではない。

 習慣のようなもの。

 盤面が整っているかを見るだけ。

「殿下は、変わられました」

「変わる必要があったのよ」

 エルフィーナは淡く言う。

「私は何もしていないけれど」

 それでも、彼女は動かぬ中心となっている。

 求めず、奪わず、焦らず。

 王都の重心は、静かに彼女の周囲に集まりつつあった。

 だが彼女自身は、その中心に立つ気はない。

 ただ、自分の椅子に座ったまま。

 働かないと決めたまま。

 世界の動きを、静かに眺めている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】断罪された悪役令嬢は、二度目は復讐に生きる

くろねこ
恋愛
公爵令嬢リリアーネ・アルフェルトは、 聖女と王国第一王子に嵌められ、 悪女として公開断罪され、処刑された。 弁明は許されず、真実を知る者は沈黙し、 彼女は石を投げられ、罵られ、 罪人として命を奪われた――はずだった。 しかし、彼女は教会の地下で目を覚ます。 死を代償に得たのは......... 赦しは選ばない。 和解もしない。 名乗るつもりもない。 彼女が選んだのは、 自分を裁いた者たちを、 同じ法と断罪で裁き返すこと。 最初に落ちるのは、 彼女を裏切った小さな歯車。 次に崩れるのは、 聖女の“奇跡”と信仰。 やがて王子は、 自ら築いた裁判台へと引きずり出される。 かつて正義を振りかざした者たちは、 自分が断罪される未来を想像すらしていなかった。 悪女は表舞台に立たない。 だがその裏側で、 嘘は暴かれ、 罪は積み上がり、 裁きは逃げ場なく迫っていく。 これは、 一度死んだ悪女が、 “ざまぁ”のために暴れる物語ではない。 ――逃げ場のない断罪を、 一人ずつ成立させていく物語だ。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

処理中です...