働きませんわ。それでも王妃になります

鷹 綾

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23話 揺らぎの兆し

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23話 揺らぎの兆し

 安定は、永遠ではない。

 それは誰よりも、エルフィーナが知っている。

 王都の空気が落ち着いてから二か月。

 市場は平穏、神殿支援も円滑、王宮の透明化は制度として定着し始めていた。

 だが平穏が続くと、人は別の刺激を求める。

 それは悪意ではない。

 退屈だ。

 社交界では、静かな疑問が芽生え始めていた。

「王太子と公爵令嬢は、あのまま何もないのかしら」

「対等だなんて、曖昧すぎるわ」

「いっそ復縁でもした方が分かりやすいのに」

 分かりやすさを求める声。

 物語を欲しがる空気。

 動かなかった者は、次は動かされる側になる。

 王宮でも、似たような気配があった。

「殿下、北方伯が訪問を求めております」

 レオンが報告する。

「目的は」

「公爵家との今後の関係について」

 アレクシスは眉をひそめる。

「王家を通さず、公爵家に直接相談が増えております」

「それは問題か」

「表面上は問題ありません」

 だが言外に含まれる意味は明白だった。

 公爵家が、政治的中心として見られ始めている。

 それは力を奪う形ではない。

 だが重心は確実に動いている。

「私は、何を誤った」

 アレクシスは静かに呟く。

「誤ってはおりません」

 レオンは即答する。

「ですが、殿下は動き、彼女は動きませんでした」

 その違いが、印象を分けた。

 一方、ルヴァリエ公爵邸。

 エルフィーナは届いた書簡をゆっくりと封を切る。

「北方伯より、非公式の相談です」

 家宰が説明する。

「王宮改革後の投資配分について」

「王家に相談するべきでは」

「殿下の理想に口を出したくないとのこと」

 エルフィーナは静かに目を閉じる。

 来た。

 安定の次に来るのは、依存だ。

「お断りするわ」

「よろしいのですか」

「私は中心ではないもの」

 穏やかな声だが、芯は硬い。

「王家を通すよう伝えて」

 働かない。

 それは怠惰ではない。

 余計な重心を背負わないという選択だ。

 だが噂はそれで止まらない。

「公爵令嬢は北方伯を退けたそうよ」

「やはり王家に遠慮しているのかしら」

「それとも、殿下を試している?」

 勝手な解釈が生まれる。

 動かないことは、想像を呼ぶ。

 神殿では、リリアが報告を聞いていた。

「北方伯の件、ルヴァリエ公爵家は関与せずとのこと」

「そうですか」

 リリアは少しだけ安堵する。

「均衡は保たれているのですね」

 彼女は理解している。

 対等という言葉は、紙一重だ。

 少しでも傾けば、均衡は崩れる。

 夜。

 王宮の塔で、アレクシスは風に当たっていた。

「彼女は、断ったそうだな」

「はい」

 レオンが答える。

「北方伯の相談を」

「私に向けたのか」

「そうでしょう」

 アレクシスは目を閉じる。

 彼女は動かない。

 だが盤面が傾きかけると、元に戻す。

 それは助力か、拒絶か。

「彼女は、何を望んでいる」

「静かな時間と」

 レオンは一拍置く。

「均衡です」

 均衡。

 それは理想よりも難しい。

 一方、エルフィーナは書斎で帳簿を閉じる。

「北方伯の件、よろしかったのですか」

 マリアが尋ねる。

「良かったわ」

「殿下に不利になるかもしれません」

「ならないわ」

 エルフィーナは静かに言う。

「殿下が気づいているから」

 彼はもう、理想だけでは動かない。

 均衡を学び始めている。

 だからこそ、余計な手出しはしない。

「揺らぎは小さいうちに戻す」

 それだけ。

 王都の夜は、また静かだ。

 だが水面の下では、力の重心がゆっくりと揺れている。

 動かぬ中心であり続けること。

 それは、動くよりも難しい。

 エルフィーナは灯りを落とす。

 働かない。

 だが均衡は守る。

 それが彼女の選んだ立ち位置だった。
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