働きませんわ。それでも王妃になります

鷹 綾

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24話 均衡の代償

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24話 均衡の代償

 均衡は、美しい。

 だが均衡は、誰かの自制の上に成り立つ。

 北方伯の一件から数日。

 王都の空気は再び落ち着いていたが、見えない緊張は消えていなかった。

 公爵家が動けば王家が弱く見える。

 王家が強く出れば、公爵家が抑圧されたように見える。

 対等という言葉は便利だが、扱いを誤れば刃になる。

 王宮の執務室。

「北方伯は王家へ正式に相談を上げました」

 レオンが報告する。

「そうか」

 アレクシスは静かに頷く。

「公爵家の助言はなかったのだな」

「ありません」

 その事実に、安堵と同時に奇妙な感情が混じる。

 助けられていない。

 だが、支えられている。

「私は、いつまで彼女に均衡を預けるつもりだ」

 小さく漏れる。

「預けてはおりません」

 レオンは穏やかに否定する。

「彼女は受け取っていません」

 アレクシスは苦笑する。

 その通りだ。

 預けようとしても、彼女は持たない。

 一方、ルヴァリエ公爵邸。

 エルフィーナは庭の東屋で紅茶を飲んでいた。

 風が柔らかく、季節は穏やかだ。

「北方伯より、改めて礼状が届いております」

 家宰が差し出す。

「王家の判断を尊重する、と」

「それでいいのよ」

 彼女は封を切らずに横に置く。

「均衡が保たれたわ」

「お嬢様は、本当に何も望まれないのですか」

 マリアが問う。

「望めば、崩れるもの」

 静かな返答。

「求められれば、利用される」

 だから求めない。

 それが彼女の選択。

 だが均衡には代償がある。

 社交界の若い令嬢たちは、次第に彼女を遠巻きに見るようになっていた。

「強すぎるわ」

「何を考えているのか分からない」

「笑っているのに、距離がある」

 尊敬と同時に、畏れが混じる。

 動かない中心は、近づきにくい。

 孤立ではない。

 だが親密でもない。

 夜、王宮の回廊。

 アレクシスは一人で歩いていた。

 足音が静かに響く。

 均衡は守られた。

 北方伯は王家を通した。

 透明化も制度化されつつある。

 だが心の奥に、ひとつの問いが残る。

「彼女は、孤独ではないのか」

 レオンが隣に立つ。

「孤独を恐れる方ではありません」

「だからこそ、だ」

 アレクシスは窓の外を見る。

 均衡を守るために、自分の立場を固定した。

 選ばれず、求めず、動かない。

 それは自由だ。

 だが同時に、誰にも寄りかからないということ。

「殿下は、どうなさりたいのですか」

 レオンの問いは静かだ。

 アレクシスは即答しない。

 理想を掲げたときは迷わなかった。

 だが今は違う。

 対等という距離をどう扱うのか。

 一方、エルフィーナは書斎で灯りを落とす前、窓辺に立っていた。

 王宮の灯りが遠くに見える。

「お嬢様、最近お疲れでは」

 マリアが心配そうに言う。

「少しだけ」

 珍しい言葉だった。

「均衡は、静かな緊張が続くの」

 彼女は微笑む。

「でも崩す方が面倒だわ」

 働かない。

 それでも、均衡を守る。

 それは怠惰ではなく、選択だ。

「殿下は、変わられています」

「ええ」

 エルフィーナは頷く。

「だから崩れない」

 信頼しているわけではない。

 だが理解している。

 彼はもう、無自覚ではない。

 王都の夜は静かだ。

 均衡は保たれている。

 だがその裏で、見えない緊張が続く。

 動かぬ中心であること。

 それは誉れでもあり、代償でもある。

 エルフィーナは灯りを消す。

 働かない。

 だが均衡の重さだけは、確かに感じていた。
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