婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません

鷹 綾

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第1話 断罪の夜、すべてが壊れた

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第1話 断罪の夜、すべてが壊れた

 王立学園の大広間は、眩いほどの光に満ちていた。
 卒業パーティー――貴族の子女たちが社交界へ正式に踏み出す、晴れの舞台。楽団の奏でる優雅な旋律、きらめくシャンデリア、色とりどりのドレスに包まれた令嬢たちの笑顔。

 その中心に、私は立っていた。

 エレナ・フォン・ローレンツ。
 公爵家の令嬢であり、そして――王太子クリストフの婚約者。

「……エレナ、少し黙っていてくれ」

 隣に立つクリストフは、私の顔を一度も見なかった。
 その声は冷たく、どこか苛立ちを含んでいる。

「殿下?」

 不安に胸がざわつく。
 この夜、彼はずっと私を避けていた。ダンスも断られ、声をかけても素っ気ない返事ばかり。それでも私は、忙しいのだろうと自分に言い聞かせてきたのに。

 次の瞬間――。

「皆に、伝えることがある」

 クリストフが一歩前へ出て、会場全体に響く声で宣言した。

「本日をもって、エレナ・フォン・ローレンツとの婚約を破棄する」

 ――時間が、止まった。

「……え?」

 誰かの息を呑む音。
 ざわり、と波打つように広がる動揺。

 私は、言葉の意味を理解できなかった。ただ、頭の中が真っ白になっていく。

「理由は簡単だ。彼女は、王太子妃にふさわしくない」

 クリストフはそう言い切り、そして――私の横をすり抜けるように歩き、会場の端にいた少女の肩を抱いた。

「私が愛しているのは、このミリアだ」

 男爵令嬢ミリア・フォン・レインハルト。
 私の義妹。

 純白のドレスに身を包んだ彼女は、潤んだ瞳で私を見つめ、かすかに唇を歪めた。
 ――ああ、この表情。何度も見てきた。

「ミリアは聖女の力を持つ、特別な存在だ。彼女こそ、王国を導くに相応しい」

「そ、そんな……」

 声が震える。
 周囲から向けられる視線が、突き刺さるように痛い。

「殿下に尽くしてきたのは、エレナ様でしょう?」 「まさか、聖女様をいじめていたなんて……」 「やはり、あの方が“悪役令嬢”だったのね」

 囁き声が、次第に大きくなっていく。

 ミリアは小さく首を振り、健気な仕草で言った。

「いいのです……エレナお姉様は、何も悪くありません。ただ、私の存在が……」

 その瞬間、会場の空気が決定的に変わった。

「見苦しいぞ、エレナ」

 クリストフの冷たい声。

「これ以上、ミリアを傷つけるな。お前は地味で、無能で、何一つ取り柄がない。王太子妃という座に胡坐をかき、努力もしなかった」

 違う。
 そう叫びたかった。

 学園の成績。礼儀作法。社交。
 すべて必死に学び、耐え、支えてきた。殿下のわがままも、浮名も、すべて飲み込んできたのに。

 けれど、声は出なかった。

「この場をもって、お前との関係は終わりだ」

 断罪の言葉が下された瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れ落ちた。

 視界が揺れる。
 床が、遠い。

「……あ……」

 膝から力が抜け、そのまま倒れ込む。

 ――暗闇。

 その中で、突然、鮮明な映像が流れ込んできた。

 蛍光灯。パソコン。終電間際のオフィス。
 書類に埋もれ、疲れ切った自分。

「……そうだ」

 私は、思い出してしまった。

 ここは現実ではない。
 この世界は、かつて私が遊んだ乙女ゲーム――
『ロイヤル・エタニティ』の世界。

 そして、エレナ・フォン・ローレンツは――
 婚約破棄の末、処刑される悪役令嬢だった。

 ――嫌。

 そんな結末、受け入れられるわけがない。

 その瞬間、胸の奥が熱く燃え上がった。
 長い間、固く閉ざされていた何かが、音を立てて解けていく。

(……生きる)

(今度こそ、私の人生を)

 暗闇の中、私は確かに誓った。

 この婚約破棄は、終わりじゃない。
 ――すべてを取り戻す、始まりなのだと。
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