婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません

鷹 綾

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第18話 選ばれた名もなき協力者

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 翌朝、私はいつもより早く目を覚ました。

 昨夜の出来事が、まだ身体の奥に残っている。
 影を使った拘束。
 ルーカスの視線。
 そして――自分で選んだ、という実感。

(……もう、後戻りはできない)

 それでも、世界は容赦なく日常を続ける。

 私は外套を羽織り、ギルドへ向かった。
 通りは普段通りで、昨日の路地裏の出来事など、誰も知らない顔をしている。

 ギルドに入ると、受付の赤毛の女性が珍しく真剣な表情をしていた。

「エレナ。ちょっと、奥に来てくれる?」

 胸が、わずかにざわつく。

「……何かありましたか?」

「大丈夫。怒られる話じゃないわ」

 そう言って、彼女は小声で続けた。

「騎士団から、正式な依頼が来てるの」

 ――騎士団。

 やはり、来た。

 応接用の小部屋に通されると、そこにはルーカスがいた。
 昨日とは違い、今日は簡素な服装。
 それでも、団長という肩書きは隠せない。

「座ってくれ」

 促され、私は椅子に腰を下ろす。

「安心しろ。
 公的な拘束でも、命令でもない」

 ルーカスは、先にそう釘を刺した。

「……では?」

「協力の打診だ」

 はっきりした言葉だった。

「最近、王都から流れてきている回復薬の中に、
 意図的に品質を落としたものが混ざっている」

 私は、昨日の広場を思い出す。

「単なる不良品ではない。
 流通経路も、作為的だ」

「……混乱を起こすため、ですね」

「その通りだ」

 ルーカスは頷いた。

「表立って騎士団が動くと、相手は身を隠す。
 だから――名のない協力者が必要だ」

 視線が、私に向けられる。

「君には、名前も立場もない。
 だが、目と技術がある」

 胸が、静かに鳴った。

(……試されている)

「条件があるなら、聞きます」

 私は、先にそう言った。

 ルーカスは、わずかに目を見開き、すぐに笑う。

「さすがだな」

「一つ目。
 私の名前は、最後まで出さないでください」

「当然だ」

「二つ目。
 私が危険だと判断した場合、即座に手を引きます」

「……それも、認めよう」

 彼は少し考えてから、続けた。

「三つ目は?」

 私は、一拍置いた。

「……無関係な人を、切り捨てる作戦には協力しません」

 沈黙が落ちる。

 重い沈黙。
 だが、ルーカスは視線を逸らさなかった。

「それは、約束しよう」

 即答だった。

「君を選んだ理由が、それだからな」

 その言葉に、胸の奥がわずかに熱くなる。

(……この人は)

(少なくとも、目的のために人を踏み台にはしない)

「役割は単純だ」

 ルーカスは、地図を広げた。

「市中に出回っている回復薬を、
 “一般冒険者の視点”で確認してほしい」

「鑑定……ですね」

「それだけでいい。
 危険なものを、危険だと教えてくれ」

 ――それなら。

 派手に戦う必要はない。
 名を上げる必要もない。

 それでも、確実に誰かを守れる。

「……分かりました」

 私は、静かに頷いた。

 ルーカスは、ほっとしたように息を吐いた。

「礼を言う。
 君のような協力者は、貴重だ」

「私は、英雄になりたいわけではありません」

「知っている」

 彼は、穏やかに言った。

「だからこそ、頼んだ」

 話はそれで終わった。

 部屋を出ると、ギルドの喧騒が戻ってくる。
 冒険者たちは、何も知らない。

 私は、掲示板の前で立ち止まり、深く息を吸った。

(……名もなき協力者)

 表に出ない。
 評価されない。

 それでも――
 確実に、世界の裏側に手を伸ばす立場。

 外に出ると、空は晴れていた。

「……悪くないわね」

 誰にも聞こえない声で、呟く。

 処刑エンドを避けるために始まった人生は、
 いつの間にか――
 静かに世界を支える役割を、私に与え始めていた。

 名は、まだ要らない。

 でも、意志はある。

 それだけで、今は十分だった。
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