『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾

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第27話 暴走王太子、国境へ

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◆第27話 暴走王太子、国境へ

王太子ウィッシュは、
強制監視下に置かれたにもかかわらず――
深夜、宮廷を抜け出した。

(止められるわけがないだろう……!
 エヴァントラを取り戻さなければ……
 すべて終わってしまう!!)

常に付き従っていた侍従も兵もいない。
今の彼は、ただの“身分だけ高い男”に過ぎない。

しかし、そんなことはウィッシュの頭にはなかった。
頭の中は、ひとつの妄想で満たされていた。

「きっと、エヴァントラも僕を待っている……
 あんな冷たく見えて、実は僕を……!」

彼は、自分が振ったはずの婚約者を
今になって“運命の相手”だと思い込んでいた。

崩壊した自尊心を支えるために。


---

◆深夜の王宮厩舎にて

「馬を出せッ! すぐにだ!」

厩舎係は目を見開いた。

「で、殿下!? しかし陛下からご命令が……!」

「黙れ!! 私は王太子だぞッ!!」

怒声に押され、馬が用意される。
だが、それはもう王太子の権威ではなく――
“狂気じみた迫力” によって従っただけだった。

ウィッシュは馬にまたがり、
夜の森を抜けて隣国との国境へ向かう。

その背に、宮廷兵が気づくのは少し遅かった。

「王太子殿下、脱走ッ!!」

すでに、暴走は始まっていた。


---

◆翌朝・隣国ベルクラウス王国/国境警備隊

「……王太子ウィッシュ、国境に接近!?
 本気で来てしまったのか……!」

国境警備隊の隊長が蒼白になる。

「と、とりあえず阻止を……!」

「無理です! 殿下はこちらを“味方”だと思い込んでいる様子。
 話が通じません!」

その報告はすぐに王都へ届けられ、
アイオンの執務室へと駆け込んだ。

「アイオン殿下補佐! 王太子ウィッシュが……!」

書類にサインしていたアイオンは手を止め、
ほんの一秒だけ、深く目を閉じた。

「……来ると思っていた」

声は静かだが、その奥には冷たい怒りが潜んでいる。


---

◆アイオン、国境へ向かう

馬車が揺れる中、
アイオンは部下へ短く指示を出した。

「ウィッシュ王太子には、正式な“謁見拒絶”を伝える。
 理由は三つだ」

「理由、三つ……でございますか?」

「一つ。王国の許可を得ていない“越境”。
 二つ。隣国への事前通達なしの“強行訪問”。
 そして――」

アイオンの目が凍る。

「三つ。エヴァントラに近づく意思があること。
 これだけは、断じて許さない」

その言葉に、護衛騎士たちは背筋を伸ばした。

(殿下補佐が……怒っている……)

静かで理性的な彼が、
ここまで感情を表に出すのは極めて珍しい。

それだけ、エヴァントラが大切なのだ。


---

◆国境での“運命の対面”

国境の石橋――。

ウィッシュはすでに到着していた。

「どこだ……どこにいる、エヴァントラ……!」

完全に錯乱した目つきで
隣国側へ踏み込もうとしたその瞬間。

複数の騎士が彼の前に立ちはだかった。

「ウィッシュ王太子。
 この先はベルクラウス王国領。
 許可なき侵入は認められません」

「どけッ!! 私は彼女の婚約者だぞ!!」

その叫びに、騎士たちの視線が一斉に冷たくなる。

「婚約は破棄されたと聞いておりますが」

「そ、それは……誤解だ……!」

そして、静かに馬から降りた人物がいた。

「誤解ではない」

アイオンだった。

ウィッシュは息を飲む。

「……アイオン、お前が……?」

アイオンはウィッシュの前に歩み出て、
感情の読めない瞳で見下ろした。

「ウィッシュ王太子。
 あなたにエヴァントラへ会う資格は、もはやない」

「なに……?」

「彼女は今、我が国で静かに暮らしている。
 あなたの混乱や妄想に巻き込ませるつもりはない」

ウィッシュの顔が真っ赤になる。

「ぼ、妄想だと!? 私は彼女を愛している!!
 彼女も本心では私を――!」

アイオンの声が鋭くウィッシュの言葉を断ち切る。

「――勘違いも甚だしい」

風が止まり、空気が張り詰めた。

「あなたが追い出した相手が、
 あなたを恋慕して戻ってくる?
 笑わせないでいただきたい」

ウィッシュは震えた。

「で、でも……僕は……間違っていたんだ……!
 謝りたい……! もう一度、やり直したいんだ……!」

アイオンは静かに言い放った。

「その願いは、我が国が正式に拒絶する。
 エヴァントラ本人に伝える価値すらない。」

その瞬間、
ウィッシュの心に残っていた最後の支えが崩れた。

「……な、なんで……
 なんで誰も……僕を助けてくれない……?」

呆然とつぶやく王太子の前で、
アイオンは冷徹な判断を下す。

「王太子ウィッシュ・レギオール。
 これ以上の越境行為は、
 敵対行為と見なす。」

剣の柄に手を添えた騎士たちが
一斉に構えを取った。

ウィッシュは、ようやく悟る。

――もう誰も、自分を王太子として扱っていない。


---

◆ウィッシュ、絶望の帰国へ

力なく振り返り、王国側の道を歩き出す。

誰も、彼を追わない。
誰も、彼を呼び止めない。

ただの“厄介者”として扱われ、
彼の背に冷たい風だけが吹きつけた。

ウィッシュの呟きは、
雨に紛れるほど弱かった。

「……エヴァントラ……
 どうして……君は僕の世界から消えてしまったんだ……?」

答えは簡単だ。

彼自身の手で、手放したからだ。

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