『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾

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第28話 「戻る?」――その問いに、彼女はひと欠片も揺れない

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◆第28話 「戻る?」――その問いに、彼女はひと欠片も揺れない

国境での強行突破が失敗した翌日。
ウィッシュは国王自らの叱責を受け、
王宮に強制送還された。

だが彼は諦めてはいなかった。

「……彼女に、会わなければ」

その執念めいた呟きは、
もはや愛情ではなく“依存”に近いものだった。


---

◆隣国からの“異例の申し出”

ベルクラウス王国では、
アイオンが静かに報告書をまとめていた。

――ウィッシュ王太子の暴走。
――国家間交渉に支障あり。
――エヴァントラへの接触拒絶を公式に通達。

その文書は、正式な外交ルートで王国へと送られた。

だがその後、王国から戻ってきたのは
意外な内容だった。

> 「エヴァントラ嬢本人の意思確認を求む」



国王アクトロスの判断であった。

(息子を廃太子とする前に……
 せめて、最後の機会を与えたいのだろう)

アイオンは書状を置き、深く息を吐いた。

「……エヴァントラに伝えよう」

その声は穏やかだが、
彼の内心は決して穏やかではなかった。


---

◆エヴァントラ、静かな返答

エヴァントラはソファで読書をしていた。

「エヴァントラ。王国からの要請だ」

アイオンの説明を聞き終えた彼女は、
本を閉じてひと言。

「……会って差し上げてもいいですわ」

アイオンは驚いた。

「無理に会う必要はない。
 君の心が乱れるかもしれない」

「乱れます? あの程度の殿下で?」

即答だった。

アイオンは思わず目を伏せて、
小さく笑ってしまった。

(……強い人だ)


---

◆謁見の間――“決着”の舞台

王国からの正式な迎えを受け、
エヴァントラはついに王宮へ足を踏み入れた。

しかしそこに漂う空気は、
かつて自分のいた場所とは別物だった。

・人は少ない
・文官たちの表情は疲労と諦め
・女性官吏はほぼ皆無
・王子派の影は跡形もない

(……ああ、衰退とはこういうものですのね)

皮肉ではなく、純粋な観察として思った。

謁見の間――
扉が開かれ、エヴァントラが歩く。

玉座の前には国王、そして……

壁にもたれかかるように
立ち尽くすウィッシュ。

痩せ、目は落ちくぼみ、
髪は乱れていた。

「……エヴァントラ……」

その声は弱々しく、
かつての尊大さは消えていた。

エヴァントラは丁寧に礼をし、
淡々と答える。

「王太子殿下。ご機嫌よう」

その“距離のある言葉”だけで
ウィッシュは胸を刺されたような表情をする。


---

◆王太子、壊れた執着を吐き出す

「エヴァントラ……!
 戻ってきてくれ……頼む……
 君がいないと、国が、僕が……!」

膝を折りそうな勢いで彼は言う。

「僕が間違っていた……
 可愛げがないなんて……君を傷つけて……
 あの時の僕は、愚かだった……!」

言葉は涙混じりで、
かつての婚約破棄の傲慢さとは正反対だった。

国王も文官も、息を呑んで見つめる。

エヴァントラは
しばらく沈黙し――

そして、やさしい声で言った。

「殿下。……その言葉は、もう少し早ければ良かったのですけれど」

ウィッシュの顔が希望に満ちる。

しかし。

次の一言が、
その希望を――無音で破壊した。


---

◆「わたくし、もう“あなたの国”に興味がありませんの」

謁見の間の空気が、一瞬止まった。

ウィッシュ「……え?」

エヴァントラは淡々と続ける。

「あなたがどれほど後悔なさっても、
 わたくしはあの日、自由を得ました。
 その自由を、手放すつもりはございません」

「で、でも……!」

「それに――」

彼女はゆっくりと、微笑みを浮かべた。

「わたくしは今、ベルクラウス王国で
 大切に扱われ、信頼され、必要とされています。
 あなたのもとへ戻る理由が、どこにありますの?」

その笑みは慈悲ではなく、
“もう終わった関係”への静かな線引きだった。

ウィッシュの膝が崩れた。

「や……やめてくれ……そんなふうに……
 突き放さないでくれ……!」

「突き放してなどおりませんわ。
 ただ、事実を述べているだけです」

淡々と。

優雅に。

冷徹に。

これが、エヴァントラ・フェルメリアという女性だった。


---

◆王太子、完全敗北

王太子はその場で崩れ落ち、
嗚咽を漏らした。

誰も助けようとしない。

国王でさえ、
ただ静かに目を閉じるだけだった。

──その背後。

王族来賓席に立つアイオンが、
ほんのわずかだけ口角を上げた。

(……よく言った)

嫉妬と誇りと安堵が混じった、
複雑な感情がそこにあった。


---

◆謁見を終え、エヴァントラは隣国へ戻る

帰路の馬車の中。

エヴァントラは窓の外を見つめながら言った。

「……これで、本当に終わりましたわね」

アイオンは静かに頷く。

「もう二度と、君を苦しめる者はいない。
 必要なのは、君を大切にする者だけだ」

エヴァントラは一瞬だけ彼を見つめ、
ふっと微笑む。

(この表情を……誰かに向けたのは久しぶりだ)

アイオンは胸の奥が熱くなるのを感じた。

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