『婚約破棄された公爵令嬢は、線を引く』――戻れない場所で、判断する席に座りました

鷹 綾

文字の大きさ
19 / 39

第十九話 揺れる正統性

しおりを挟む
第十九話 揺れる正統性

 王城の会議室に集められた空気は、重かった。
 議題は表向き「制度の整理」。だが、誰もが理解している。
 これは――エヴァリーナ・フォン・クロイツの立場を、どう“位置づけるか”という会合だ。

「外部の人間に、最終判断を委ね続ける前例はありません」

 伯爵の一人が、慎重な口調で切り出す。

「成果が出ていることは認めます。
 しかし、それと正統性は別問題です」

「正統性、ですか」

 ヴァルターは、ゆっくりとその言葉を反芻した。

「ならば、問います。
 正統性とは、何によって担保されるものですか」

 会議室に、ざわめきが走る。

「それは……王家の権限と、制度です」

「制度は、人のためにある」

 ヴァルターは、淡々と続けた。

「人が動かず、国が停滞する制度に、どれほどの正統性がある?」

 反論しかけた声が、途中で止まる。
 誰も、“結果”を否定できない。

「問題は、感情ではない」

 別の貴族が、低く言った。

「民と貴族が、“誰が決めているのか”を理解できなくなることだ」

 それは、最も現実的な懸念だった。

 同じ頃、クロイツ公爵家では、エヴァリーナが同様の報告を受けていた。

「正統性、ですか」

 彼女は、資料から目を離さずに呟く。

「来ましたわね」

 マティアスが、頷く。

「成果を否定できない場合、次に来るのは必ずそこです」

「分かっております」

 エヴァリーナは、ペンを置いた。

「ですから、こちらから提示します」

「……提示?」

「ええ。
 “正統性の形”を」

 その夜、エヴァリーナは一通の文書をまとめ上げた。
 内容は、驚くほど簡潔だ。

・判断権は、案件単位で限定する
・期限を明確にし、延長には再承認を必要とする
・成果と失敗の責任を、名義人が負う
・第三者による検証を受け入れる

「……逃げ道を、すべて塞いでいますね」

 マティアスが、正直な感想を漏らす。

「正統性とは、“縛り”ですもの」

 エヴァリーナは、静かに答えた。

「自由のためには、制約が必要です」

 翌日、その文書は王城に提出された。
 ヴァルターは、目を通し、しばらく沈黙した。

「……厳しいな」

「はい」

 側近も、率直に頷く。

「ですが、これ以上明確な正統性はありません」

 貴族院に回された文書は、即座に議論を呼んだ。

「ここまで責任を明記するとは……」

「失敗した場合、彼女がすべてを背負う?」

「だが、成功した場合も、彼女の功績になる」

 それは、等価だった。
 功も罪も、同じ重さで引き受ける。

 ヴァルターは、その反応を聞きながら、胸の奥で理解していた。

 ――これは、挑発ではない。
 彼女なりの、誠実な回答だ。

「……この条件を、拒否できる理由はあるか」

 沈黙が落ちる。

 正統性を問う者ほど、
 この文書の“正しさ”を否定できない。

 一方、エヴァリーナは静かに待っていた。
 焦りはない。駆け引きもしない。

「……選ぶのは、向こうですわ」

 受け入れるか。
 それとも、拒むか。

 どちらであっても、彼女の立場は明確だ。

 王城では、最終的に結論が出された。

「――条件付きで、受諾する」

 ヴァルターの声は、静かだった。

「案件ごとに、彼女の判断を正式に認める。
 文書に基づき、責任の所在を明確にする」

 貴族院は、完全な納得ではなかった。
 だが、反対する理由も失っていた。

 その報が、クロイツ公爵家に届く。

「……受け入れ、ですか」

 エヴァリーナは、小さく息を吐いた。

「正統性は、与えられました。
 同時に――」

「逃げ場も、なくなった」

 マティアスが、静かに続ける。

「ええ」

 彼女は、微笑んだ。

「望むところですわ」

 その夜、エヴァリーナは机に向かい、新たな案件の資料を広げていた。
 正統性は、称号ではない。
 行動と結果で、更新され続けるものだ。

「……揺れるのは、立場ではありません」

 独り言のように呟く。

「揺れるのは、人の覚悟です」

 王城の灯りが、遠く瞬いている。
 そこに戻るつもりはない。
 だが、切り離すつもりもない。

 正統性を巡る波は、ひとまず形を得た。
 だがそれは、終わりではない。

 ――次に問われるのは、
 結果に耐え続けられるかどうか。

 エヴァリーナ・フォン・クロイツは、
 その問いを、真正面から受け止める覚悟ができていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。 「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」 王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、 干渉しない・依存しない・無理をしない ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。 一方、王となったアルベルトもまた、 彼女に頼らないことを選び、 「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。 復縁もしない。 恋にすがらない。 それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。 これは、 交わらないことを選んだ二人が、 それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。 派手なざまぁも、甘い溺愛もない。 けれど、静かに積み重なる判断と選択が、 やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。 ※本作品は別サイトにて掲載中です

第一王子様が選んだのは、妹ではなく私でした!

睡蓮
恋愛
姉妹であるクレアとミリア、しかしその仲は決していいと言えるものではなかった。妹のミリアはずる賢く、姉のクレアの事を悪者に仕立て上げて自分を可愛く見せる事に必死になっており、二人の両親もまたそんなミリアに味方をし、クレアの事を冷遇していた。そんなある日の事、二人のもとにエバー第一王子からの招待状が届けられる。これは自分に対する好意に違いないと確信したミリアは有頂天になり、それまで以上にクレアの事を攻撃し始める。…しかし、エバー第一王子がその心に決めていたのはミリアではなく、クレアなのだった…!

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ
恋愛
​「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」 ​婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。 泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。 ​「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」 ​汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。 「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。 ​一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。 自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。 ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。 ​「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」 ​圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...