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第二十六話 残る者と去る者
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第二十六話 残る者と去る者
戻れない線が引かれてから、王都の空気は微妙に変わった。
ざわめきは減り、代わりに――沈黙が増えた。
それは、停滞ではない。
選別の音だ。
クロイツ公爵家の応接室には、数名の商人と官吏が集まっていた。
以前なら、もっと人数が多かっただろう。
今は違う。
「……本日は、条件の確認のみです」
エヴァリーナは、席に着いたまま告げた。
「期限、検証、撤回条件。
変更はありません」
商人の一人が、わずかに息を整える。
「その条件を満たせなかった場合は?」
「途中で止まります」
即答だった。
「理由は公表します。
例外は設けません」
沈黙。
誰も反論しない。
それが、答えだった。
面談が終わり、去っていく背中は、以前よりも少ない。
だが、残った者の足取りは重くない。
「……減りましたね」
マティアスが、控えめに言う。
「ええ」
エヴァリーナは、資料を整えながら答えた。
「でも、残りました」
残る者と、去る者。
それは、選別ではあるが、排除ではない。
「条件に耐えられないなら、無理をする必要はありません」
彼女の声は、淡々としている。
「去るのも、正しい選択です」
同じ頃、王城の回廊では、別の会話が交わされていた。
「最近、要請が減ったな」
「減ったが、質が上がっている」
「……覚悟して来ている」
官吏の声には、驚きが混じっていた。
ヴァルターは、その報告を聞き、短く頷く。
「線が、効いている」
それだけで、十分だった。
数日後。
ひとつの案件が、静かに辞退された。
理由は、明確だ。
『検証条件を満たす体制が整わないため』
エヴァリーナは、その文面を読み、承認の印を押した。
「……誠実ですわね」
マティアスが言う。
「逃げずに、去りました」
「ええ」
彼女は、淡く微笑んだ。
「それは、信頼を壊さない去り方です」
去ることにも、作法がある。
それを守れる者は、いつか戻ってこられる。
一方で、残った案件は、着実に進んでいた。
数字は派手ではない。
だが、揺れない。
「……安定している」
現場の報告が、同じ言葉を繰り返す。
王城の会議でも、その傾向は共有された。
「急激な伸びはない」
「だが、落ちない」
「……落ちないのは、強いな」
誰かが、そう呟く。
夜、エヴァリーナは書斎で一日の記録をまとめていた。
紙の端に、短い言葉を書き添える。
――残る者は、条件を選んだ者。
――去る者は、条件を守った者。
「……どちらも、間違いではありません」
独り言のように、呟く。
席に座る者は、
すべてを抱え込む必要はない。
残る者と進み、
去る者を追わない。
それが、線を引いた者の責任だ。
窓の外、王都の灯りは静かだった。
騒がしさは減ったが、消えてはいない。
動くべき者が動き、
去るべき者が去っただけだ。
エヴァリーナ・フォン・クロイツは、
その静けさを、悪いとは思わなかった。
――すべてを集めない。
残る者とだけ、前に進む。
それが、戻れない線の先にある、
次の秩序なのだから。
戻れない線が引かれてから、王都の空気は微妙に変わった。
ざわめきは減り、代わりに――沈黙が増えた。
それは、停滞ではない。
選別の音だ。
クロイツ公爵家の応接室には、数名の商人と官吏が集まっていた。
以前なら、もっと人数が多かっただろう。
今は違う。
「……本日は、条件の確認のみです」
エヴァリーナは、席に着いたまま告げた。
「期限、検証、撤回条件。
変更はありません」
商人の一人が、わずかに息を整える。
「その条件を満たせなかった場合は?」
「途中で止まります」
即答だった。
「理由は公表します。
例外は設けません」
沈黙。
誰も反論しない。
それが、答えだった。
面談が終わり、去っていく背中は、以前よりも少ない。
だが、残った者の足取りは重くない。
「……減りましたね」
マティアスが、控えめに言う。
「ええ」
エヴァリーナは、資料を整えながら答えた。
「でも、残りました」
残る者と、去る者。
それは、選別ではあるが、排除ではない。
「条件に耐えられないなら、無理をする必要はありません」
彼女の声は、淡々としている。
「去るのも、正しい選択です」
同じ頃、王城の回廊では、別の会話が交わされていた。
「最近、要請が減ったな」
「減ったが、質が上がっている」
「……覚悟して来ている」
官吏の声には、驚きが混じっていた。
ヴァルターは、その報告を聞き、短く頷く。
「線が、効いている」
それだけで、十分だった。
数日後。
ひとつの案件が、静かに辞退された。
理由は、明確だ。
『検証条件を満たす体制が整わないため』
エヴァリーナは、その文面を読み、承認の印を押した。
「……誠実ですわね」
マティアスが言う。
「逃げずに、去りました」
「ええ」
彼女は、淡く微笑んだ。
「それは、信頼を壊さない去り方です」
去ることにも、作法がある。
それを守れる者は、いつか戻ってこられる。
一方で、残った案件は、着実に進んでいた。
数字は派手ではない。
だが、揺れない。
「……安定している」
現場の報告が、同じ言葉を繰り返す。
王城の会議でも、その傾向は共有された。
「急激な伸びはない」
「だが、落ちない」
「……落ちないのは、強いな」
誰かが、そう呟く。
夜、エヴァリーナは書斎で一日の記録をまとめていた。
紙の端に、短い言葉を書き添える。
――残る者は、条件を選んだ者。
――去る者は、条件を守った者。
「……どちらも、間違いではありません」
独り言のように、呟く。
席に座る者は、
すべてを抱え込む必要はない。
残る者と進み、
去る者を追わない。
それが、線を引いた者の責任だ。
窓の外、王都の灯りは静かだった。
騒がしさは減ったが、消えてはいない。
動くべき者が動き、
去るべき者が去っただけだ。
エヴァリーナ・フォン・クロイツは、
その静けさを、悪いとは思わなかった。
――すべてを集めない。
残る者とだけ、前に進む。
それが、戻れない線の先にある、
次の秩序なのだから。
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