『婚約破棄された公爵令嬢は、線を引く』――戻れない場所で、判断する席に座りました

鷹 綾

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第二十九話 責任が浮かぶ場所

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第二十九話 責任が浮かぶ場所

 数字が揃った瞬間、
 次に起きることは、エヴァリーナには見えていた。

 ――責任の所在が、探され始める。

 見えない敵を“構造”として可視化した以上、
 誰かが必ず、こう言い出す。

「では、誰が?」

 王城の会議室で、その言葉は出た。
 予想より、早く。

「圧力をかけた“三割”は、どこだ」
「名前を出すべきではないか」

 視線が、エヴァリーナに集まる。

 彼女は、すぐには答えなかった。
 資料を一枚めくり、静かに口を開く。

「名前は、必要ありません」

 ざわめき。

「構造は、すでに示しました」

「だが、責任は誰が取る!」

 苛立ち混じりの声。

 エヴァリーナは、顔を上げる。

「取りますわ」

 短い一言。

「この仕組みを設計し、
 公表し、
 運用しているのは――わたくしです」

 沈黙。

「圧力を“起こさせない秩序”を
 まだ完全には作れていない。
 その責任は、こちらにあります」

 反論が、出なかった。

 名前を差し出されると、
 怒りは行き場を失う。

 ヴァルターが、静かに言う。

「……では、次は?」

「圧力が、意味を持たない場所を作ります」

 エヴァリーナは、迷いなく答えた。

「条件を満たせば、
 誰が何を言おうと、
 結果が出る仕組みを」

 数日後。
 新しい運用が、始まった。

『検証通過案件については、
 第三者監査を経た時点で
 自動的に次工程へ移行する』

 人の判断を、挟まない。
 止めるには、条件違反の証明が必要だ。

「……圧力をかける余地がない」

 商人の間で、そんな声が広がった。

「誰に言っても、止まらない」
「止めたいなら、条件を示せ、か」

 不満は、消えない。
 だが、効かなくなった。

 それは、大きな違いだ。

 夜、クロイツ公爵家。

「……責任を、自分に集めましたね」

 マティアスが、静かに言う。

「ええ」

 エヴァリーナは、肯定した。

「責任が拡散すると、
 圧力は生き続けます」

 机の上には、
 新しい進捗表が並んでいる。

「浮かぶべき場所に、
 浮かばせる必要がありました」

「それが……あなた自身?」

「わたくしが座っている限りは」

 彼女は、淡々としている。

「この席は、盾です」

 矢は、集まる。
 だが、後ろには飛ばせない。

 王城でも、変化は感じられていた。

「最近、裏の話が減ったな」

「言っても意味がないからだろう」

「……責任が、前に出たからか」

 ヴァルターは、その言葉を聞き、静かに息を吐いた。

「……彼女は、
 責任を“場所”にした」

 人ではなく、
 役職でもなく、
 仕組みの中心点に。

 それは、強い。

 エヴァリーナは、夜の書斎で記録を締めくくる。

――責任は、
――隠すものではない。
――浮かぶ場所を、決めるものだ。

 窓の外、王都の灯りは安定していた。
 揺れてはいるが、倒れない。

 見えない敵は、
 もはや“敵”ですらない。

 責任が集まる場所が定まったとき、
 圧力は、ただの雑音になる。

 エヴァリーナ・フォン・クロイツは、
 その雑音の中心に立っていた。

 ――次に壊れるのは、
 秩序ではない。

 圧力の意味そのものだ。
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