『婚約破棄された公爵令嬢は、線を引く』――戻れない場所で、判断する席に座りました

鷹 綾

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第三十話 試される席

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第三十話 試される席

 秩序は、安定すると必ず試される。
 それは偶然ではない。
 意図的に、だ。

 朝、クロイツ公爵家に届いた報告は、簡潔だった。

「……王城からです」

 マティアスが差し出した文書には、短い一文だけが記されている。

『臨時評議会を招集する』

 理由は、書かれていない。

「来ましたわね」

 エヴァリーナは、目を細めもしなかった。

「“仕組み”が機能し始めると、
 次は必ず、こうなります」

「席そのものを、試す?」

「ええ」

 彼女は、静かに立ち上がった。

 ――誰が決めているのか。
 ――その決め方は、正しいのか。

 秩序が個人を超えたとき、
 問われるのは正当性だ。

 評議会の場は、張りつめていた。
 貴族、官吏、商会代表。
 全員が揃っている。

「……エヴァリーナ・フォン・クロイツ」

 議長が、名を呼ぶ。

「あなたが設計した仕組みは、
 確かに成果を出している」

 前置きとしては、穏やかだ。

「だが、判断が自動化されすぎている。
 王城の裁量が、弱まっているのではないか」

 来るべき問いだった。

「人の判断が、排されている」

「責任が、見えにくい」

 声が重なる。

 エヴァリーナは、一歩も引かなかった。

「裁量は、排しておりません」

 静かな声。

「裁量が入り込む“余地”を、
 条件として明文化しただけです」

 彼女は、資料を一枚差し出す。

「ここです」

 期限。
 検証。
 撤回条件。

「裁量は、この枠内でのみ機能します」

 ざわめき。

「……だが、それでは王城は」

「守られます」

 即答だった。

「裁量が原因で失敗した場合、
 誰も責任を取らない仕組みから」

 沈黙。

「今は、違います」

 彼女は、視線を巡らせる。

「判断が介入した瞬間、
 責任は、その判断をした側に戻ります」

 誰も、口を開けない。

 それは、逃げ道が消えるという意味だからだ。

 ヴァルターが、そこで口を開いた。

「……この席は、
 彼女に任せると決めた」

 視線が集まる。

「成果が出ているからではない。
 責任が、ここに集まっているからだ」

 彼は、エヴァリーナを見る。

「責任が集まる場所を、
 不用意に壊す理由はない」

 評議会は、静かに終わった。

 結論は、出なかった。
 だが、それで十分だった。

 否定されなかった。
 それが、答えだ。

 夜。
 クロイツ公爵家の書斎で、エヴァリーナは椅子に腰掛けた。

「……疲れましたか」

 マティアスが尋ねる。

「少しだけ」

 彼女は、正直に答えた。

「席を守るというのは、
 成果を出すより、消耗します」

「それでも?」

「ええ」

 迷いはなかった。

「この席が試されるということは、
 必要とされている証です」

 彼女は、記録帳を開き、最後に一文を書き加える。

――席は、
――座った者のものではない。
――試され続ける場所だ。

 窓の外、王都の灯りは変わらず揺れている。
 だが、崩れる気配はない。

 秩序は、完成しない。
 完成した瞬間、腐る。

 だからこそ――
 試され続ける席に、意味がある。

 エヴァリーナ・フォン・クロイツは、
 その席から、目を逸らさなかった。

 ――ここから先は、
 成果ではなく、耐久の物語だ。
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