『婚約破棄された公爵令嬢は、線を引く』――戻れない場所で、判断する席に座りました

鷹 綾

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第三十四話 見られる覚悟

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第三十四話 見られる覚悟

 失敗は、連鎖する。
 だがそれは、案件が続けて止まるからではない。
 人の目が、変わるからだ。

 最初の停止案件が公表されてから数日。
 王都の空気は、静かに張りつめていた。

「……視線が、変わりました」

 マティアスが持ってきたのは、数字ではない報告だった。

「何を、ですか」

 エヴァリーナは書類から目を上げる。

「成功している案件への視線です。
 “次はどこが落ちるか”
 そういう見方が、増えています」

 彼女は、少しだけ考える。

「健全ですわね」

「健全、ですか?」

「ええ。
 称賛だけを向けられるより、ずっと」

 成果を出している間は、
 誰も本気で見ない。

 失敗が出た途端、
 人はようやく“中身”を見る。

「……選ばれた側が、
 見られる段階に入りました」

 マティアスの言葉に、エヴァリーナは頷いた。

「そして同時に――」

「席に座る者も、見られます」

「その通りです」

 責任を前に出した以上、
 見る側は、必ず試す。

 数日後、王城で小規模な会合が開かれた。
 議題は、次の案件選定。

「……基準が、厳しすぎないか」

 貴族の一人が、慎重に口を開く。

「最初の脱落で、
 現場が萎縮している」

 反論は、予想通りだった。

 エヴァリーナは、資料を閉じ、静かに答える。

「萎縮ではありません」

 視線が集まる。

「見られている自覚が、
 芽生えただけです」

「だが、失敗すれば終わりだと
 思われては――」

「終わりではありません」

 即答だった。

「停止は、排除ではない。
 次に進むための区切りです」

 彼女は、停止案件のその後の記録を示す。

「体制を見直し、
 再申請の準備に入った例もあります」

「……再挑戦を?」

「条件を満たせば、当然です」

 線は、引いてある。
 だが、道は閉じていない。

 ヴァルターが、そこで口を開いた。

「失敗を理由に、
 挑戦の機会を奪うつもりはない」

 王城の意思が、明確に示された。

「だが、失敗を隠すことは許さない」

 その言葉に、
 空気が一段、引き締まる。

 会合は、それ以上荒れなかった。
 納得したわけではない。
 だが、理解はされた。

 夜、クロイツ公爵家。

「……矛先が、あなたにも向いています」

 マティアスが、静かに言う。

「“判断が早すぎる”
 “冷酷ではないか”
 という声も」

「ええ」

 エヴァリーナは、肯定した。

「今までは、
 成果が盾になっていました」

 だが今は違う。

「失敗が出た以上、
 わたくし自身が、見られます」

 彼女は、椅子に深く腰掛ける。

「……怖くは?」

「ありますわ」

 珍しく、正直な声だった。

「ですが」

 すぐに続ける。

「見られない席は、
 腐ります」

 責任を引き受けるとは、
 決断を下すことではない。

 決断の結果を、
 人の目に晒し続けることだ。

「成功も、失敗も、
 すべて同じ光の下に置く」

 それができなければ、
 仕組みは形骸化する。

 翌日。
 王都の掲示板に、新しい告示が貼られた。

『停止案件の経過報告を、
 定期的に公開する』

 失敗を、過去にしない。
 記録として残す。

 人々は、それを見て立ち止まった。

「……止めた後も、
 見ているのか」

「放り出していない」

 声は小さいが、
 確かに届いている。

 夜、エヴァリーナは記録帳を開き、
 ゆっくりと書き記した。

――見られる覚悟は、
――決める覚悟より、重い。

 決断は、一瞬。
 評価は、続く。

 それでも、
 見られることを恐れて
 席を降りるなら、
 最初から座るべきではない。

 窓の外、王都の灯りは、
 いくつか消え、
 また新しく点いていた。

 落ちた灯りも、
 戻ろうとしている。

 エヴァリーナ・フォン・クロイツは、
 そのすべてを、同じ距離で見つめていた。

 ――次に問われるのは、
 仕組みでも、他者でもない。

 この席に座り続ける者が、
 どこまで見られ続けられるかだ。
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