『婚約破棄された公爵令嬢は、線を引く』――戻れない場所で、判断する席に座りました

鷹 綾

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第三十七話 席の重さ

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第三十七話 席の重さ

 引き継がない決断は、静かに広がっていった。
 反発はない。だが、理解と同時に、別の問いが生まれる。

「……いつまで、あの席は一人分なのか」

 王都のどこかで、そんな声が上がり始めていた。

 朝、クロイツ公爵家。
 机の上には、通常よりも分厚い束が置かれている。

「案件数が、増えています」

 マティアスが、淡々と報告する。

「再申請と新規が同時に動いています。
 条件を満たす前提で、整えてきています」

「ええ」

 エヴァリーナは、束を見下ろした。

「“席が空かない”と分かったからです」

 引き継がれない。
 つまり――判断基準が変わらない。

 それは、安心であり、同時に重い。

「……期待が、集まっていますね」

「集まるのは、仕方ありません」

 彼女は、書類を一枚ずつ確認する。

「席の重さは、
 期待の重さと同じです」

 その日の午後、王城で短い会合が開かれた。
 議題は、単純だ。

「案件処理の速度が、
 個人に依存していないか」

 もっともな問い。

「依存しています」

 エヴァリーナは、否定しなかった。

「現時点では」

 ざわめきが走る。

「だが、それは意図的です」

 彼女は、資料を示す。

「基準が固まる前に、
 人を増やせば、
 判断が割れます」

 分散は、効率を生む。
 だが、基準が曖昧なままの分散は、
 混乱しか生まない。

「今は、
 重さを一箇所に集めています」

 ヴァルターは、その説明を黙って聞いていた。
 そして、短く言う。

「……席が、重いな」

「ええ」

 エヴァリーナは、視線を返す。

「ですが、軽くすると、
 また揺れます」

 夜。
 書斎に戻ったエヴァリーナは、珍しく手を止めていた。
 書類は残っている。
 だが、視線は窓の外だ。

「……重いですか」

 マティアスの問いに、彼女は正直に答える。

「重いですわ」

 否定はしない。

「一つの判断で、
 複数の未来が、
 同時に動きます」

 誰かの挑戦が進み、
 誰かの希望が止まる。

「それでも、座り続けるのですね」

「ええ」

 理由は、もう考えない。

「席が軽くなるのを、
 待っている時間はありません」

 その夜、エヴァリーナは記録帳に、短く書いた。

――席は、
――重くなった時が、
――本番だ。

 重いから、座る意味がある。
 軽い席なら、誰でもいい。

 王都の灯りは、少しだけ増えていた。
 期待が、静かに積み上がっている証だ。

 エヴァリーナ・フォン・クロイツは、
 その期待の重さを、
 逃げずに受け止めていた。

 ――次に試されるのは、
 判断の速さではない。

 重さに、どこまで耐えられるかだ。
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