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第五話 市場のさざ波
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第五話 市場のさざ波
王都の朝市は、いつもと同じ喧騒から始まった。
果物の香り。
焼き立てのパンの湯気。
値段をめぐる声の応酬。
だが、商人たちの視線はどこか落ち着かない。
「小麦、また上がったぞ」
「昨日より三銅貨だ」
「運賃が上がったらしい」
理由は曖昧だ。
だが確実に、数字が変わっている。
公爵領から届く荷の到着が、半日遅れた。
たった半日。
それだけで、市場は敏感に反応する。
パン屋の主人が唸る。
「在庫は?」
「明日の分までは」
「値上げするか?」
「様子を見る」
様子を見る。
その言葉が広がる。
王城の厨房でも、同じ会話があった。
「干し肉の納入が遅れております」
料理長が報告する。
王太子は眉をひそめる。
「遅れ? なぜだ」
「運搬経路の再調整と聞いております」
再調整。
曖昧で、責任の所在を示さない言葉。
王太子は苛立つ。
「些細なことだ」
だが、厨房では分かっている。
“些細”が重なれば、献立は崩れる。
王都の兵舎でも、小さな変化があった。
「矢羽の納品が三日後に」
「訓練は?」
「本数制限だ」
兵士は首を傾げる。
戦ではない。
だが、備蓄は未来の安心だ。
その安心に、わずかな亀裂が入る。
公爵領。
ヒロインは報告書を受け取る。
「市場価格、上昇傾向」
「どの品目が最初に反応しましたか」
「小麦と塩です」
基礎だ。
基礎が揺れれば、全体が揺れる。
「供給量は減らしていません」
執務官が言う。
「ええ、減らしてはいない」
ヒロインは頷く。
遅延。
再審査。
契約確認。
名目は整っている。
止めてはいない。
ただ、流れを“最適化”しただけ。
「王都の反応は」
「表立った動きはありません。ただ……」
「ただ?」
「商会が様子見に入りました」
ヒロインは微笑む。
商人は敏感だ。
危険を嗅ぎ取ると、距離を置く。
王城。
平民娘は侍女から噂を聞く。
「市場が少し荒れております」
「私のせいかしら」
小さく呟く。
だが内心では違う。
――こんなことで揺れるの?
彼女は王城の力を信じている。
王太子がいる。
国王がいる。
王家は絶対だ。
だが、絶対は数字に弱い。
王太子は広間で演説する。
「改革には痛みが伴う」
改革。
まだ何もしていない。
だが彼は、痛みを理念で包む。
貴族たちは拍手しない。
市場。
パン屋は値札を書き換える。
三銅貨の上昇。
客は眉をひそめる。
「高くなったな」
「仕入れがな」
小さな不満。
まだ怒りではない。
ただの違和感。
違和感は、積み重なる。
公爵領。
ヒロインは地図を眺める。
王都へ向かう街道。
支流のように広がる商路。
「止めなくていい」
彼女は静かに言う。
「波で十分です」
嵐は要らない。
さざ波は、気づかぬうちに岸を削る。
王都では、まだ誰も恐れていない。
だが、市場は知っている。
流れは、王城ではなく――
公爵領から始まることを。
王都の朝市は、いつもと同じ喧騒から始まった。
果物の香り。
焼き立てのパンの湯気。
値段をめぐる声の応酬。
だが、商人たちの視線はどこか落ち着かない。
「小麦、また上がったぞ」
「昨日より三銅貨だ」
「運賃が上がったらしい」
理由は曖昧だ。
だが確実に、数字が変わっている。
公爵領から届く荷の到着が、半日遅れた。
たった半日。
それだけで、市場は敏感に反応する。
パン屋の主人が唸る。
「在庫は?」
「明日の分までは」
「値上げするか?」
「様子を見る」
様子を見る。
その言葉が広がる。
王城の厨房でも、同じ会話があった。
「干し肉の納入が遅れております」
料理長が報告する。
王太子は眉をひそめる。
「遅れ? なぜだ」
「運搬経路の再調整と聞いております」
再調整。
曖昧で、責任の所在を示さない言葉。
王太子は苛立つ。
「些細なことだ」
だが、厨房では分かっている。
“些細”が重なれば、献立は崩れる。
王都の兵舎でも、小さな変化があった。
「矢羽の納品が三日後に」
「訓練は?」
「本数制限だ」
兵士は首を傾げる。
戦ではない。
だが、備蓄は未来の安心だ。
その安心に、わずかな亀裂が入る。
公爵領。
ヒロインは報告書を受け取る。
「市場価格、上昇傾向」
「どの品目が最初に反応しましたか」
「小麦と塩です」
基礎だ。
基礎が揺れれば、全体が揺れる。
「供給量は減らしていません」
執務官が言う。
「ええ、減らしてはいない」
ヒロインは頷く。
遅延。
再審査。
契約確認。
名目は整っている。
止めてはいない。
ただ、流れを“最適化”しただけ。
「王都の反応は」
「表立った動きはありません。ただ……」
「ただ?」
「商会が様子見に入りました」
ヒロインは微笑む。
商人は敏感だ。
危険を嗅ぎ取ると、距離を置く。
王城。
平民娘は侍女から噂を聞く。
「市場が少し荒れております」
「私のせいかしら」
小さく呟く。
だが内心では違う。
――こんなことで揺れるの?
彼女は王城の力を信じている。
王太子がいる。
国王がいる。
王家は絶対だ。
だが、絶対は数字に弱い。
王太子は広間で演説する。
「改革には痛みが伴う」
改革。
まだ何もしていない。
だが彼は、痛みを理念で包む。
貴族たちは拍手しない。
市場。
パン屋は値札を書き換える。
三銅貨の上昇。
客は眉をひそめる。
「高くなったな」
「仕入れがな」
小さな不満。
まだ怒りではない。
ただの違和感。
違和感は、積み重なる。
公爵領。
ヒロインは地図を眺める。
王都へ向かう街道。
支流のように広がる商路。
「止めなくていい」
彼女は静かに言う。
「波で十分です」
嵐は要らない。
さざ波は、気づかぬうちに岸を削る。
王都では、まだ誰も恐れていない。
だが、市場は知っている。
流れは、王城ではなく――
公爵領から始まることを。
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