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第4話婚 約破棄という名の開戦宣言
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第4話婚 約破棄という名の開戦宣言
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翌朝の王都は、いつになく騒がしかった。
朝靄の立ちこめる通りを歩く人々は、皆一様に同じ噂話をしている。
「聞いたか? 昨夜の舞踏会で――」 「王太子殿下が、イソファガス家の令嬢に――」 「しかも、その場で……!」
キクコ・イソファガスは、その噂の中心人物であるにもかかわらず、いつも通り静かな朝を迎えていた。
「……やっぱり来たわね」
紅茶の香りが立ちのぼる書斎で、彼女は一通の封書を眺めていた。
王家の紋章が押された、これ以上なく分かりやすい封蝋。
「開けなくても内容が分かるのって、逆に親切よね」
ぱきり、と封を割る。
中にあったのは、予想通りの文面だった。
『キクコ・イソファガス嬢
貴女は王太子妃としての資質を欠くと判断した。
よって、ここに婚約の可能性を正式に破棄する』
キクコは、数秒じっとそれを見つめ――
「……はぁ」
深いため息をついた。
「可能性、って何よ。そもそも婚約してないでしょうに」
「まったくでございます」
控えていたガイウスが、苦々しく頷く。
「正式な婚約書も、両家の合意も存在しません。ただの“殿下のお気持ち表明”に過ぎませんな」
「それを“婚約破棄”と呼ぶあたり、逆に感心するわ」
キクコは、紙を軽く折りたたんだ。
「さて。問題は――」
その瞬間、書斎の扉が勢いよく開いた。
「キクコ!」
現領主――表向きは“祖父”である男が、珍しく血相を変えて飛び込んできた。
「王城から通達が来た! 今すぐ謁見に来いと……!」
「でしょうね」
キクコは、あっさりと立ち上がる。
「舞踏会で恥をかかされた挙句、私が黙って引き下がると思われたくないんでしょう」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫よ」
にっこりと微笑む。
「私、こういうのには慣れてるから」
その言葉に、現領主は何も言い返せなかった。
◆ ◆ ◆
王城・謁見の間。
朝にもかかわらず、貴族たちがずらりと並び、異様な緊張感が漂っていた。
玉座の前に立つ王太子は、昨夜とは打って変わって冷たい表情をしている。
「イソファガス家の令嬢、キクコ・イソファガス」
高らかに名を呼ばれ、キクコは一歩前へ出た。
「本日、この場において、貴女との縁談を正式に破棄する」
ざわっ、と空気が揺れる。
「理由は明白だ。
貴女は年若く、礼節を欠き、王家に相応しくない」
――はいはい。
キクコは、心の中で軽く手を叩いた。
「以上だ。異論は認めん」
王太子は、勝ち誇ったように言い切る。
だが、その瞬間。
「異論、ございますわ」
澄んだ声が、謁見の間に響いた。
キクコだった。
「……何?」
王太子の眉が、ぴくりと動く。
「まず一点」
キクコは、穏やかに、しかしはっきりと告げる。
「殿下と私は、婚約しておりません。
破棄すべき“縁談”そのものが存在しません」
ざわめきが一段と大きくなる。
「二点目」
扇子を軽く開き、視線を巡らせる。
「私が王家に相応しくないと仰いましたが――それを判断する権限は、殿下お一人にはございません」
「な、何を……!」
「そして三点目」
キクコは、王太子を真っ直ぐ見据えた。
「殿下は、私を“十七の小娘”と侮りました。
ですが――」
一拍、間を置く。
「その十七歳の娘が、これまで何をしてきたか。
どれほどの責任を背負ってきたか。
殿下は、何一つご存じない」
場内が、完全な静寂に包まれた。
「……強がりだ」
王太子は吐き捨てる。
「いいえ」
キクコは、微笑んだ。
「経験談ですわ」
その瞬間。
「――そこまでだ」
低く、威厳のある声が響いた。
玉座の奥、静かに事の成り行きを見ていた国王ロワイヤルが、ゆっくりと立ち上がった。
「父上……!」
「王太子」
国王は、冷ややかに息子を見下ろす。
「この場での発言、そして手続き――すべて、拙速が過ぎる」
「しかし……!」
「黙れ」
一喝。
王太子は、言葉を失った。
「キクコ・イソファガス」
国王は、今度は彼女に向き直る。
「今回の件、王家として深く遺憾に思う」
その言葉に、貴族たちが息を呑む。
「本日は、ここまでだ。
婚約破棄の件は、一旦白紙とする」
――勝負あった。
キクコは、静かに一礼した。
「ご高配、感謝いたします」
謁見の間を後にしながら、彼女は小さく呟く。
「……さて」
これは終わりではない。
むしろ――始まりだ。
王太子は、ここで引き下がる男ではない。
そして、この国もまた、次なる選択を迫られることになる。
「本当に面倒なことになったわね」
それでも、キクコの表情には、どこか覚悟の色が宿っていた。
――婚約破棄は、開戦宣言。
この国の未来を巡る戦いは、すでに動き始めていた。
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翌朝の王都は、いつになく騒がしかった。
朝靄の立ちこめる通りを歩く人々は、皆一様に同じ噂話をしている。
「聞いたか? 昨夜の舞踏会で――」 「王太子殿下が、イソファガス家の令嬢に――」 「しかも、その場で……!」
キクコ・イソファガスは、その噂の中心人物であるにもかかわらず、いつも通り静かな朝を迎えていた。
「……やっぱり来たわね」
紅茶の香りが立ちのぼる書斎で、彼女は一通の封書を眺めていた。
王家の紋章が押された、これ以上なく分かりやすい封蝋。
「開けなくても内容が分かるのって、逆に親切よね」
ぱきり、と封を割る。
中にあったのは、予想通りの文面だった。
『キクコ・イソファガス嬢
貴女は王太子妃としての資質を欠くと判断した。
よって、ここに婚約の可能性を正式に破棄する』
キクコは、数秒じっとそれを見つめ――
「……はぁ」
深いため息をついた。
「可能性、って何よ。そもそも婚約してないでしょうに」
「まったくでございます」
控えていたガイウスが、苦々しく頷く。
「正式な婚約書も、両家の合意も存在しません。ただの“殿下のお気持ち表明”に過ぎませんな」
「それを“婚約破棄”と呼ぶあたり、逆に感心するわ」
キクコは、紙を軽く折りたたんだ。
「さて。問題は――」
その瞬間、書斎の扉が勢いよく開いた。
「キクコ!」
現領主――表向きは“祖父”である男が、珍しく血相を変えて飛び込んできた。
「王城から通達が来た! 今すぐ謁見に来いと……!」
「でしょうね」
キクコは、あっさりと立ち上がる。
「舞踏会で恥をかかされた挙句、私が黙って引き下がると思われたくないんでしょう」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫よ」
にっこりと微笑む。
「私、こういうのには慣れてるから」
その言葉に、現領主は何も言い返せなかった。
◆ ◆ ◆
王城・謁見の間。
朝にもかかわらず、貴族たちがずらりと並び、異様な緊張感が漂っていた。
玉座の前に立つ王太子は、昨夜とは打って変わって冷たい表情をしている。
「イソファガス家の令嬢、キクコ・イソファガス」
高らかに名を呼ばれ、キクコは一歩前へ出た。
「本日、この場において、貴女との縁談を正式に破棄する」
ざわっ、と空気が揺れる。
「理由は明白だ。
貴女は年若く、礼節を欠き、王家に相応しくない」
――はいはい。
キクコは、心の中で軽く手を叩いた。
「以上だ。異論は認めん」
王太子は、勝ち誇ったように言い切る。
だが、その瞬間。
「異論、ございますわ」
澄んだ声が、謁見の間に響いた。
キクコだった。
「……何?」
王太子の眉が、ぴくりと動く。
「まず一点」
キクコは、穏やかに、しかしはっきりと告げる。
「殿下と私は、婚約しておりません。
破棄すべき“縁談”そのものが存在しません」
ざわめきが一段と大きくなる。
「二点目」
扇子を軽く開き、視線を巡らせる。
「私が王家に相応しくないと仰いましたが――それを判断する権限は、殿下お一人にはございません」
「な、何を……!」
「そして三点目」
キクコは、王太子を真っ直ぐ見据えた。
「殿下は、私を“十七の小娘”と侮りました。
ですが――」
一拍、間を置く。
「その十七歳の娘が、これまで何をしてきたか。
どれほどの責任を背負ってきたか。
殿下は、何一つご存じない」
場内が、完全な静寂に包まれた。
「……強がりだ」
王太子は吐き捨てる。
「いいえ」
キクコは、微笑んだ。
「経験談ですわ」
その瞬間。
「――そこまでだ」
低く、威厳のある声が響いた。
玉座の奥、静かに事の成り行きを見ていた国王ロワイヤルが、ゆっくりと立ち上がった。
「父上……!」
「王太子」
国王は、冷ややかに息子を見下ろす。
「この場での発言、そして手続き――すべて、拙速が過ぎる」
「しかし……!」
「黙れ」
一喝。
王太子は、言葉を失った。
「キクコ・イソファガス」
国王は、今度は彼女に向き直る。
「今回の件、王家として深く遺憾に思う」
その言葉に、貴族たちが息を呑む。
「本日は、ここまでだ。
婚約破棄の件は、一旦白紙とする」
――勝負あった。
キクコは、静かに一礼した。
「ご高配、感謝いたします」
謁見の間を後にしながら、彼女は小さく呟く。
「……さて」
これは終わりではない。
むしろ――始まりだ。
王太子は、ここで引き下がる男ではない。
そして、この国もまた、次なる選択を迫られることになる。
「本当に面倒なことになったわね」
それでも、キクコの表情には、どこか覚悟の色が宿っていた。
――婚約破棄は、開戦宣言。
この国の未来を巡る戦いは、すでに動き始めていた。
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