永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾

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第4話婚 約破棄という名の開戦宣言

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第4話婚 約破棄という名の開戦宣言


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 翌朝の王都は、いつになく騒がしかった。

 朝靄の立ちこめる通りを歩く人々は、皆一様に同じ噂話をしている。

「聞いたか? 昨夜の舞踏会で――」 「王太子殿下が、イソファガス家の令嬢に――」 「しかも、その場で……!」

 キクコ・イソファガスは、その噂の中心人物であるにもかかわらず、いつも通り静かな朝を迎えていた。

「……やっぱり来たわね」

 紅茶の香りが立ちのぼる書斎で、彼女は一通の封書を眺めていた。
 王家の紋章が押された、これ以上なく分かりやすい封蝋。

「開けなくても内容が分かるのって、逆に親切よね」

 ぱきり、と封を割る。

 中にあったのは、予想通りの文面だった。

『キクコ・イソファガス嬢
 貴女は王太子妃としての資質を欠くと判断した。
 よって、ここに婚約の可能性を正式に破棄する』

 キクコは、数秒じっとそれを見つめ――

「……はぁ」

 深いため息をついた。

「可能性、って何よ。そもそも婚約してないでしょうに」

「まったくでございます」

 控えていたガイウスが、苦々しく頷く。

「正式な婚約書も、両家の合意も存在しません。ただの“殿下のお気持ち表明”に過ぎませんな」

「それを“婚約破棄”と呼ぶあたり、逆に感心するわ」

 キクコは、紙を軽く折りたたんだ。

「さて。問題は――」

 その瞬間、書斎の扉が勢いよく開いた。

「キクコ!」

 現領主――表向きは“祖父”である男が、珍しく血相を変えて飛び込んできた。

「王城から通達が来た! 今すぐ謁見に来いと……!」

「でしょうね」

 キクコは、あっさりと立ち上がる。

「舞踏会で恥をかかされた挙句、私が黙って引き下がると思われたくないんでしょう」

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫よ」

 にっこりと微笑む。

「私、こういうのには慣れてるから」

 その言葉に、現領主は何も言い返せなかった。

     ◆ ◆ ◆

 王城・謁見の間。

 朝にもかかわらず、貴族たちがずらりと並び、異様な緊張感が漂っていた。

 玉座の前に立つ王太子は、昨夜とは打って変わって冷たい表情をしている。

「イソファガス家の令嬢、キクコ・イソファガス」

 高らかに名を呼ばれ、キクコは一歩前へ出た。

「本日、この場において、貴女との縁談を正式に破棄する」

 ざわっ、と空気が揺れる。

「理由は明白だ。
 貴女は年若く、礼節を欠き、王家に相応しくない」

 ――はいはい。

 キクコは、心の中で軽く手を叩いた。

「以上だ。異論は認めん」

 王太子は、勝ち誇ったように言い切る。

 だが、その瞬間。

「異論、ございますわ」

 澄んだ声が、謁見の間に響いた。

 キクコだった。

「……何?」

 王太子の眉が、ぴくりと動く。

「まず一点」

 キクコは、穏やかに、しかしはっきりと告げる。

「殿下と私は、婚約しておりません。
 破棄すべき“縁談”そのものが存在しません」

 ざわめきが一段と大きくなる。

「二点目」

 扇子を軽く開き、視線を巡らせる。

「私が王家に相応しくないと仰いましたが――それを判断する権限は、殿下お一人にはございません」

「な、何を……!」

「そして三点目」

 キクコは、王太子を真っ直ぐ見据えた。

「殿下は、私を“十七の小娘”と侮りました。
 ですが――」

 一拍、間を置く。

「その十七歳の娘が、これまで何をしてきたか。
 どれほどの責任を背負ってきたか。
 殿下は、何一つご存じない」

 場内が、完全な静寂に包まれた。

「……強がりだ」

 王太子は吐き捨てる。

「いいえ」

 キクコは、微笑んだ。

「経験談ですわ」

 その瞬間。

「――そこまでだ」

 低く、威厳のある声が響いた。

 玉座の奥、静かに事の成り行きを見ていた国王ロワイヤルが、ゆっくりと立ち上がった。

「父上……!」

「王太子」

 国王は、冷ややかに息子を見下ろす。

「この場での発言、そして手続き――すべて、拙速が過ぎる」

「しかし……!」

「黙れ」

 一喝。

 王太子は、言葉を失った。

「キクコ・イソファガス」

 国王は、今度は彼女に向き直る。

「今回の件、王家として深く遺憾に思う」

 その言葉に、貴族たちが息を呑む。

「本日は、ここまでだ。
 婚約破棄の件は、一旦白紙とする」

 ――勝負あった。

 キクコは、静かに一礼した。

「ご高配、感謝いたします」

 謁見の間を後にしながら、彼女は小さく呟く。

「……さて」

 これは終わりではない。

 むしろ――始まりだ。

 王太子は、ここで引き下がる男ではない。
 そして、この国もまた、次なる選択を迫られることになる。

「本当に面倒なことになったわね」

 それでも、キクコの表情には、どこか覚悟の色が宿っていた。

 ――婚約破棄は、開戦宣言。

 この国の未来を巡る戦いは、すでに動き始めていた。
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